第9話 手ぶらになるかと思いきや
俺たちは昨日と同じように壱の穴からダンジョンに潜ることにした。
「今日は大丈夫そうだな」
とウリクルは俺を見てニヤッと笑った。昨日はだいぶビビっていると思われたが、今日はそんな風には見えないようだ。実際、昨日より落ち着いていることは自分でも分かっていた。
「今日のウリクルはどうかな?」
俺はやつに言い返した。ムッとした顔をしたが果たしてどうだろう? 3人しかいないパーティなのでひとりも欠ける訳にはいかないのだ。ほんとに頼むぜ、ウリクル。俺は心の中で呟いた。
今日は俺が先頭を進むことにした。通路の先の暗闇に魔物が潜んでいるなら、まず松明を持っている俺が格好の的になることは容易に想像でき、あまり気持ちの良い気はしない。耳を澄ませて物音を聞こうとするが、自分たちの立てる音の方がどうしたって騒がしくあまり意味がなかった。通路での強襲はある程度腹を括る以外になく、頭を守る防具を買いたい物リストの先頭に持ってくることにした。
それでも昨日の骸骨剣士との戦闘があった部屋までは何事もなく、感覚的にもだいぶ早く来ることができた。他の冒険者たちもきっと、自分たちがそれまでに到達した所を目安にしながら少しずつ先に足を延ばしているのだろう。一応扉を開けてみるが昨日のことが嘘のように部屋はもぬけの殻だった。
俺たちはこの部屋でひと息入れることにした。ウリクルもここまで問題なく大丈夫そうだ。俺たちは各々持ってきている水筒から水を飲んだり、パンやリンゴなどをかじって次に備えた。ウリクルが先頭を替わろうと言ってきたがもう暫く俺に行かせてくれと断る。次第に慣れてきたからだったが、少なくても10メートル先に待ち伏せしているのが分かれば備えておくことは可能だろう。その距離であれば、例え弓を射られても何とかなるんじゃないか…。モリネロが探知の魔法が書かれた
小休止を終えて俺たちは先を目指した。途中にある扉はすべて開け、広間を探るなどしてみたが魔物や宝箱を目にすることがなく、じれったい時間が過ぎていく。冒険者の多くが朝いちの開門と同時にダンジョンに潜っていくのも分かる。すでに先を行く者に魔物は倒され、宝は持っていかれたんじゃないか…。
「手ぶらで還ることになるけど、そろそろ上がるか?」
と沈黙を破ってうんざりしたようにウリクルは言ったが、俺も同感だった。目に見える戦果はあげられなくても、着実に
「そうだな。しかし、お宝はともかく、魔物にも遭わないのはちょっと拍子抜けだな」
「いやいや、俺はお宝を見つけられたら、魔物と戦わなくて全然かまわないけどな」
ウリクルは反論するがその時、何かの音が俺の耳に入ってきた。
「ちょっと静かにしてくれ」
俺は耳を澄ます。俺たちは今、湿っぽく壁に苔が生えている広間にいて、その先はふた手に分かれているが、物音はそのどちらから聞こえてくるようだった。さらに注意深く何か聞こえてこないか耳を澄ます。何か、金属的な高い音が…、これは、剣が激しくぶつかり合う音だ。戦っている音に間違いない。右手の方だ。
「戦っている音がする」
俺はふたりに言うが、耳が良いのは俺がいちばんのようで、ふたりはそこまで確信を持っていないようだ。
「本当か⁉ 他の冒険者が魔物と戦っているのかもしれないな。行ってみようぜ」
ウリクルは言い、モリネロも頷く。
俺はすぐに駆け出した。
駆けていくと、次第に音がはっきりと聞こえてきた。剣を激しく振る音、激しくぶつかり合う音、魔物の唸り声、そして、人の叫び声がする。後ろでウリクルが剣を抜く。モリネロも呪文の用意を始めた。俺は松明を背中に回して、俺たちが来ることを悟られないように進む。角を曲がるとはっきりと激しい戦闘の音が響いてきた。
俺たちは激しい戦いが行われている広間の手前で立ち止まり、中の様子を窺うと、瓦礫が散乱する中、何か巨大な魔物を相手に3、4人の冒険者たちが戦っていた。一体の魔物を相手に劣勢なのは冒険者たちの方だった。俺は即座に加勢するつもりだったが、はっと我に返りふたりを振り返った。そうだ、俺は独りではなく、パーティのひとりなのだ。
「ったく、ただ働きになるかもしれないのに、そんなに張り切るんじゃないよ」
呆れ顔をしたウリクルが言う。モリネロは魔物を見ながら何か用意を始めていた。
「あれは…トロルじゃないでしょうか。もっと下の階層にいるような魔物のはずですが」
「何! 本当かよ⁉ 倒した人間を食っちまうってやつだろ?」
「なら、あんまりのんびり見物してる訳にもいかないわな」
俺は初めて見るが、3メートル近い緑がかった肌に覆われた人型の魔物で、腕と足がやけに長い。武器は持っていないようだが、手には鋭い爪が光り、激しく腕を振り回しているので当たれば致命的な傷を負いかねない。実際、目の前で戦っている冒険者たちも、闇雲に振り回される長い腕に阻まれ攻めあぐねているようだった。
「まあ、さすがに見過ごす訳にはいかないよな。目の前で
ウリクルが冗談めかして言ったが、笑う余裕はなかった。
「さぁ、剣を出してください。ふたりの剣に魔法の
モリネロに促され、俺は鞘から刀を出して魔法を掛けられるようにした。
すぐにモリネロは小瓶に入った銀色の粉を剣に落としながら呪文を詠唱した。ウリクルの剣が淡い青白い光に包まれていく。魔法がかかったのだろう。次に俺の刀に同じように魔法をかける…いやかけようとしたが、何も起きない。呪文に失敗したのかモリネロも焦りの表情を浮かべる。
「すいませんっ、魔法がうまくかかりません」
これ以上は待てなかった。俺は刀を一度鞘に納め、背負っていた荷物を投げ出した。俺とウリクルは瓦礫を遮蔽物にしてトロルの左側の少し後方から広間に入り、やつの後ろに回り込んで攻撃を仕掛けるつもりだった。トロルと戦っている冒険者たちは、ひとりが後方から矢を射ち、大剣と左腕に小型の盾を装備した戦士、長い髪を後ろに束ね、短槍を構えてトロルを牽制する者がいるが、さっき聞こえた叫び声からするとまだいるはずだった。
「近くで見るとでかいな、ほんとにイケるかこれ⁈」
「イケるに決まってるだろ! 俺が先に行くぞ」
俺はウリクルに言いながら、俺たちに気づかずに背中をさらけ出しているトロルとの間合いを詰めていった。
最初の一太刀が勝負の分かれ目になるはずだ――。
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