第8話 最安値の宿屋にて
結局俺たちは夜中に酒場を引き払い、安宿に引き揚げることにした。ウリクルは俺とモリネロで寝床まで引きずっていった。これからもこんな調子ならそのまま置いてこようと、モリネロと散々愚痴りながら少しも起きない大柄なウリクルを肩に抱えて街外れの宿まで何とか運んだが、そんなことをまるで知らずに今朝はすっきりした顔でウリクルは目を覚ました。モリネロと俺は笑うしかなかった。ウリクルはきょとんとした顔をしていたが、事情を聞くと昨日は特別だったからなと悪びれずにカラカラ笑うもんだから、「ダンジョンで戦うよりしんどかったぜ」と言ったらさすがに恐縮した様子だった。
俺たちは宿屋の猫の額ほどの狭い中庭に集まっていた。すでに朝いちでダンジョンへ向かう冒険者たちは出た後だった。
「俺たちも準備していこうぜ」
ウリクルが言ったが、あれだけ酔いつぶれた翌日に大丈夫なのか心配だった。俺たちはウリクルの体調を見て、ダメだと判断したらその時点で戻ってくることにした。
「とりあえずダンジョンには行く。だけどその後のことは俺たちの判断で決めさせてもらうからな」
それには反対したウリクルだったが、戦力にならない場合は俺たちの危険に直結するので有無を言わせなかった。他のパーティはどうしているのか気になるが、俺たちが納得するパーティのあり方を少しずつ考えていくしかないだろう。ウリクルが手を挙げて言った。
「とりあえずこの先、1週間だけはここを拠点にするが、次はもっとましなとこに泊まれるようにしようぜ」
昨日、宿代を前払いした後でもウリクルは同じようなことを言っていたので、よっぽど嫌なのだろう。ま、誰も好き好んでこんなところに泊まろうとは思わないが。
「それでも俺たちみたいな、金のない冒険者にはありがたいところだろ?」
俺は言ってみたが、ウリクルはこの宿を脱出することをモチベーションしているようだった。ウリクルは、どこかの小領主の六男坊だと話していたことがあるが、本当の話なんだろう。それに比べると魔法使いという職業柄、神経質そうなモリネロが実は、山育ちで何かと耐え忍ぶ生活に慣れているという。人は見かけによらないものだ。
さて、俺たちの街外れの宿について――。
ここは、3人、ひと部屋、ひと晩で小銀貨6枚の、この街で最安値の宿のひとつだ。1階が酷くまずい食事と悪酔いする安い酒が名物の酒場になっていて、2階から5階を宿屋として、俺たちのような金に困っている駆け出しの冒険者たちに貸し出していた。元々狭い所に無理やり建てたような造りなので、1階につきひと部屋しかなく、部屋に行くための狭く急な外階段は雨ざらしでぐらつき、足元は常に気を使わなくてはならない。俺たち3人は2階に泊まっているが、下からは酒場の客の声、上からは3階の泊り客の立てる物音がまともに聴こえてくる。部屋はとても清潔とは言えず、狭苦しいことこの上ない。比較的まともなベッドがひとつに簡易的なベッドがひとつしかないので、ふたりが寝場所に収まった後の部屋の中央の床に、ひとりは横になるしかなかった。そして昨晩はウリクルを床に転がしておいたのだ。
さらに、ベッドも当然のように不潔で、掛けられた亜麻布もいつ洗ったか怪しく、藁も少なく身体があちこち痛くなる。これならタダで泊めてくれる馬小屋のほうがまだましだと言うのも、分からなくも無い。(俺は馬糞の匂いは我慢出来るが、ウリクルは絶対に嫌だと言ったが。)自分たち以外の客の素性も知れたもので、何か揉め事があったとしても完全に自己責任で、宿の主人は全く相手にしないばかりか、文句を言おうものなら逆に叩き出されてしまうのがオチだ。なので、俺たちの部屋はモリネロが魔法でガッチリと鍵を強化して、不在時に盗みに入られないように用心していた。
改めて考えてみるまでもなく確かに良い点は何ひとつないのだが、俺たちはとにかく金に余裕がなかった。そして金がないヤツが泊まれるのはこんなところしかないのだ。とにかくあと1週間はここを拠点に、ダンジョン攻略を進めて少しでも稼いでいくしかない。
「まあ、路地裏で寝て夜盗に襲われるよりはましだろ?」
俺はウリクルに言ったが、それに同意することなくダンジョンの準備にウリクルは取り掛かった。
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