第6話 「踊る赤竜亭」にて

 日も完全に暮れたころ、俺たちは酒場兼宿屋の「踊る赤竜亭」にやって来た。ここはギルドからも近く、冒険者御用達の店だった。冒険者以外の者も入れないこともないが、あえてこの酒場で飲もうとは普通は思わないだろう。中は夕方の開店から明け方の閉店まで常に冒険者たちでいっぱいで、常に騒がしく、酔った者たちの喧嘩は常に絶えないのだ。

 

 街の中は基本的に、ダンジョンに持っていくような武器を携行するのはご法度で、小剣程度の武器だけ護身用として許されているので、俺たちもねぐらとしている街外れの最も安い宿屋まで一度帰り、武器や荷物を置いてから「踊る赤竜亭」に繰り出した。俺たちが今泊っている宿屋からは少し歩かなくてはならず面倒ではあったが、今回は初ダンジョンとお宝を得た記念ということで特別だった。そうでなければ、宿屋のすぐ近くの安酒場で済ますところだった。


 「踊る赤竜亭」の重く大きな扉を開けると、物凄く騒がしい声、酒と食べ物の匂い、それらを合わせた熱気が一気に俺たちを包んだ。すでに席はほぼ埋め尽くされているようで、100席を優に超えようかという広いホールが冒険者たちで溢れかえり盛り上がっている様子は圧巻だった。モリネロは目ざとく隅のほうにある空いている丸テーブルを見つけ、そこに俺たちは落ち着くことにした。ウリクルはホールの中を料理や酒を持って走り回る店の若い給仕を掴まえ、3人分のエールと腸詰肉、パンに、ジャガイモと葉野菜、ベーコンときのこの煮込みなど手早く頼んでいった。すぐにエールの入った陶器製のマグを両手に目いっぱい持った店の者が、俺たちのテーブルにマグを3つ置いて別のテーブルに移っていく。


「まずは乾杯だな」

マグを掲げながらウリクルが嬉しそうに言った。俺とモリネロもエールがなみなみと注がれたマグを手にして乾杯した。疲れを吹き飛ばすような苦みが口の中に広がった。改めて無事に戻れたことを実感できた。ダンジョンとこの街を隔てる門にはその日に亡くなった冒険者と、負傷した冒険者の人数が刻まれるボードがあるが、俺たちがその中に入ることは今日はなかったのだ。


「それにしても、お前に声を掛けてみて仲間に引き入れたのは正解も大正解だったな!」

ウリクルは言うと、モリネロも大きく頷きながら、

「本当にそうですね。私たちはあの時からツキがあったんでしょうね」

と同意した。思い返せば俺がこの街にやって来て、冒険者ギルドに登録をしたところでウリクルたちと出会ったのがほんの数日前のこと。ウリクルとモリネロはさらにその数日前、この街に来る道中で出会ったばかりだったのだ。正直お互いに意気投合した訳でもなく、ただダンジョンに挑むという目的が同じだけでパーティを組んだのだが、結果は運良く正解だったのだろう。

「確かに、少なくても暫くは一緒に行動してみても良いよな」

「おいおい、なんかつれないよな、その言葉。今日のこともあったしさ、もうちょっと俺たちパーティとしてこの先の目的とかを決めておいてもいいんじゃないか?」

「ならウリクルはどうしたいんですか?」

モリネロが尋ねた。俺たちはあまり考えもせずこのダンジョンに挑みたいとしか話してなかった。

「俺はこのダンジョンの最下層まで到達して、ダンジョンの親玉を倒して国中に俺の名前を広めることだな」

意気揚々とウリクルは言い放った。初めてダンジョンに潜っただけの駆け出しの言葉とは思えなかったが、この手の放言は冒険者たちにとってみれば朝の挨拶程度の意味でしかない。どっちにしろこれだけ賑やかな酒場で、他のテーブルの話し声など聞こえやしないのだが。


「俺は自分の力がどこまで通用するのか試したい。だから金も名声も二の次かな」

と俺は言った。実際、手にした金も均等に分けなくても良いとふたりには予め言ってあった。ただし、モリネロもウリクルもきっちりそこは三等分にすると言って譲らず、数少ない俺たちの決め事にしてあった。

「いや、それなら相当なところまで行けるのは間違いないぜ。なあ、詳しく聞かせてくれよ、お前がどうやって剣の腕を磨いたのか」

ウリクルは注文した食事を平らげながら聞いてきた。俺はエールを飲んで少し考えをまとめてから話し始めた。


 俺が王国の東の辺境の地を治める通称“馬駆る人”に仕える、鬼を打ち滅ぼすための戦士のひとりであること。混沌の勢力・鬼は、東方の境を分けて何百年と繰り返し侵略を試み、そのたびに王国中の人々はもちろん、人間と友好関係にある種族たちをも巻き込んだ激しい戦が行われてきた。その鬼を倒す技量を備える者として、凄まじい鍛錬の中で文字通り作り出された戦士のひとりであること。そしてその戦士の証として託されるのが自分が持っている「刀」であること。しかし、最後の鬼と人との大戦から半世紀以上が過ぎ、王国内でも他国との戦争もついぞ行われない平穏な時が続く今、鬼以外の魔物たちと戦うことでその力を試そうと、主から暇をもらい旅をしていること等々、ぽつりぽつりと語って聞かせた。ふたりは興味深そうにおとなしく俺の話を聞いてくれた。


「鬼の話は今では遠い他所の出来事のように感じるよな。せいぜい言うことを聞かない悪ガキに親が脅し文句に出すくらいでな」

ウリクルが言ったが、鬼の存在が東の地を離れるにつれ、恐るべき存在でなくなっていることを俺も感じていた。それは東の地から西の王都へ続く街道を旅していて、何よりも驚くことだった。

「お前には悪いが、東の辺境の地もここからはずっと遠い場所だし、そんな鬼を倒すための戦士の存在なんて初めて知ったよ」

分かっていたが、やはりそれが王国の多くの者のごく普通の認識なんだろう……。


「でも、私たち魔法使いにとっては、鬼の存在とその侵略を阻止することは今でも現実の問題として共有されてますよ」

モリネロが静かに言葉を続けた。

「私のような魔法使いに成りたての者にはあまり関りはないですが、もっと力のある大魔法使いたちには重要な問題として鬼の動向には目を向けているはずですし、東の地に派遣される魔法使いは、とても力のある者が遣わされることになっていますし――」

それから暫く話はその魔法使いのことなどで脱線していったが、ウリクルが話を戻した。

「とにかく、俺たちと行動を共にすることに異存はないんだな。この先、いろんな魔物と遭ってガンガン倒していくってことになるんだからな」

「それはもちろんだ。これも何かの縁、ダンジョンの攻略は俺の目的でもあるからな」

俺は請け合った。そう、無用の長物と東の地でさえ囁かれるようになった俺たちだったが、まだこうして己の力を存分に振るえ、必要としてくれる者がいるこの場所が、居心地の良い場所になってくれることを俺は願った。 

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