第5話 宝箱の中身 鑑定

 俺が意を決して宝箱を開けてみる――。


 中には、掌に収まるくらいの麻袋がひとつ。宝箱の大きさからするとだいぶ不釣り合いだった。まるで、このがらんとした何もない部屋にひとつだけ置かれた宝箱と同じように。


 俺はその麻袋を取り上げた。意外にもずっしりした重さがあった。早く中身を確かめてみたかったが、3人揃ったところで開けたほうがいいと思い、小部屋を後にしてさっきの部屋に戻り、テーブルに麻袋を置いた。俺たちはギシギシいう椅子に座った。俺は、麻袋の口を開けて中身をテーブルに出した。中からガチャガチャと音を立てて出てきたのは硬貨だった。


「おぉ!!」俺たちは控えめな歓声を上げ、よく見ようとウリクルは松明を近づけ、俺もテーブルに身を乗り出した。

「これはどこのカネだ?」

「この王国のものじゃないですね」

「おい、いくつか金貨もあるみたいだぜ!?」

硬貨を種類別に分けてみると、どこの国のものとも、いつの時代の貨幣とも分からない金貨が4枚、大きな銀貨が2枚、小さな銀貨が6枚、銅貨が15枚あった。

丸いものや、角形のもの、中に穴が開いたものなど様々だったが、どこかで使われた硬貨であることは間違いなさそうだ。


「これがどのくらいのカネになるのか、分かるまではあまり喜べないな」

ウリクルは言ったが、それでも表情を見ると相当喜んでいた。松明の明かりで何だか面白い顔に見えたのを俺は見逃さなかった。

「確かにそうですね、今の金額に直すとどのくらいかちょっと想像できませんが、この金貨はいまの金貨よりだいぶ質は良さそうですよ」

モリネロの声も心なしか弾んでいた。

「今日の俺たちはだいぶツキに恵まれたみたいだな。そろそろ、引き揚げてもいいんじゃないか?」

俺が提案するとふたりも賛成した。誰も死なず、それどころか傷ひとつ負うことなく戦いに勝ち、隠し部屋でお宝も見つけた。初めての探索でこれ以上、何を望むだろうか。金の入った麻袋はモリネロに預け、俺たちは引き上げる準備を始めた。帰りは俺が松明を持ち先頭を進むことにした。


 魔物に出くわしても松明は武器にしないようにと自分に言い聞かせたが、帰り道は大きなネズミを見かけたくらいで、あっけないほど早く地上への階段まで辿り着いた。俺たちのパーティは初めてのダンジョン探索から無事還ってくることができたのだ。


 見上げると外はちょうど日が落ちる刻だった。群青に色を染めた東の空に星が瞬き始め、南から西へその範囲を広げようとしていたが、夕日の名残りが混ざり合った薄い紫がまだ西の空に儚く漂っていた。素直に美しい空だと思えた。この空を忘れたくないと思った。


「とりあえず、冒険者ギルドに行かなくちゃな!」

言いながら俺とモリネロの背中をバシンッとウリクルがはたき、そしてワハハッと笑った。メチャクチャ痛かったが俺もモリネロも笑った。最悪、見つけた硬貨がまったく金にならなくても構わないほど、俺は気分が良かった――。


 俺たちがダンジョンに入った壱の穴からギルドへ。石畳みの道を進むと俺たちが世話になっている冒険者ギルドがある。周りは宿屋、酒場、その両方を営んでる店、道具屋、武器屋、薬屋など、街のこの場所はまさに冒険者たちの場所と言えるだろう。ギルドは多くの冒険者でごった返していた。ダンジョンから引き揚げてきた者が多いのだろう。その他にも様々な依頼を受けた冒険者たちが、1日の終わりに立ち寄り、報告や報酬の受け取り、そして俺たちのようにダンジョンで見つけたお宝の鑑定、引き取りに集まってくる。


 その中を俺たちは目指す鑑定所に向かって人垣を分けながら進む。俺たちのような新参者に目を向けるような者は誰もいなかった。ギルドの中の奥まった所に鑑定する部屋はあって、部屋の前には椅子が並べられ順番待ちの列が出来ていた。


 部屋には常時数人の鑑定士がいて、持ち込まれるお宝を鑑定するのだが、金目の物を持っていることが分かると後々面倒なことになりかねないので、自分たち以外の冒険者たちのお宝を見ることはできないように、個別のブースで仕切られていた。

 

 それほど待たずに俺たちの番がやってきた。ぞろぞろと指示されたブースに行ってみると、カウンターの向こう側で鋭い目をした痩せた男が待ち構えていた。勤務時間を超過してイライラしているのか理由は分からないが、その年老いた男は早く来いとばかりに手を激しく振り、俺たちが説明をしようとするのも聞こうともせず、モリネロが差し出した麻袋を乱暴に奪い取って中身をカウンターにジャラジャラと広げていった。モリネロは苦笑して鑑定の様子を窺い、ウリクルはむっとした顔を隠そうともせずに男を睨んだ。俺は鑑定の結果を早く知りたかったので、ぞんざいな対応にも黙っていた。


 男は単眼拡大鏡を右目に嵌めて素早く硬貨を確認していき、秤にかけておおよその重さを確かめていく。俺たちへの対応と違って鑑定はとても丁寧にやってくれているように見えた。たとえ人格に問題ありだったとしても、ギルドで働いている以上、鑑定の腕は疑う余地はなかった。命懸けの冒険で得たお宝を、いい加減な鑑定でガラクタ扱いされて大人しくしてる冒険者などいないのだから。


「この硬貨はこの国のものではない。千年以上前、海を隔てた大陸の西に位置する大帝国のもの。さらにその最盛期に鋳造された貨幣に間違いなしだ」

鑑定士はそう断じ、全部まとめて金貨7枚で引き取ると言ってきた。


 俺たちは顔を見合わせた。慎ましく生きていけば俺たち3人がひと月は優に暮らしていけるだろう。しかしここは他の町より何でもかんでも物が高い。俺たちはお互いの有り金を知っている訳ではないが、全然余裕などないのは分かる。目先のことを考えるとひとまず食い繋いでいける額ではあった。癪に障るが、これが妥当な取引なのか経験の浅い俺たちには見当もつかないのだ。見るからに駆け出しと分かるのだろう、交渉をするまでもないことを知ってか、鑑定士の男は突き放したように俺たちを見るばかりだ。ウリクルはその態度を見てさらに機嫌を悪くしたが、やむを得ない。


 俺たちは了解の合図に頷き、鑑定士はもったいぶりながら引き出しから7枚の金貨を寄越した。ウリクルは受け取りのサインに出された羽ペンをわざと乱暴に扱ってへし折り、鑑定士への不満を多少なりとも解消させてその場を後にした。


「次にお宝を持ち込むときは別の鑑定士に当たることを願いますね」

モリネロはやれやれといった感じで言った。俺とウリクルも同じだった。









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