第3話 初めての戦い
「ったく、お前には騙されたぜ」
荒い息を吐きながらウリクルが言った。モリネロは俺を真っ直ぐ見つめ、微かに頷いた。
俺たちが初めてダンジョンに入り、初めての戦いは終わった。時間にすればほんの数分にも満たなかったかもしれないが、俺の中ではその間、一部始終が引き延ばされたように時間がゆっくり流れていた。
俺が勢いをつけ肩で扉を開ける。ウリクルが素早く俺の脇から抜け出し、左手に松明を掲げ、右手に剣を持ち部屋に侵入した。部屋の中には数箇所、明かりが灯されていることに少し意外な思いがする。俺たちを出迎えたのは4体の骸骨の剣士で、見るからに錆びて汚い剣を持って先陣を切ったウリクルに狙いを定めた。部屋は扉に対して左右に広がっていて、真ん中に細長い4人掛けのテーブルと椅子があった。俺たちが来なければこれから昼飯か、カードでもやっていたのかも知れない。
俺は敵の視界から外れるように右手へ、テーブルの下に体を隠してから一気にテーブルの上に飛び乗り、そこからテーブルの向こうにいた敵の頭を目がけ真っ向斬り下ろした。鞘から抜かれた刀は完璧な必殺の弧を描き、まったく手に抵抗を感じさせないで、そのまま頭蓋骨から頸部、そしてみぞおちまでの骨を綺麗に斬り裂いた。人であれば完全に絶命したはずの一撃だったが、その骸骨は未練たらしく暫くガクガクと動いた後、魔法が切れたように床に崩れて骨の山と化した。俺はその時にはもうそいつには目もくれずに、もう一体の敵の胸を左から右に斬り払い、胸骨の奥、ちょうど人の心臓があるのと同じ位置に鈍い光を放つ赤い玉を両断した。初めの一体を倒した時に当たりをつけたように、骸骨を動かしていたのはこれだった。赤い玉が割れるとさっきと同じように、人型の骨はバラバラに崩れて動かなくなった。
一方、2体を同時に相手にしているウリクルは、巧みに相手の剣を受け流しながら攻撃を返していたが、まだそのことに気づいてないのか、どちらも倒すには至ってなかった。
「胸の赤いのを破壊しろっ!」
俺が口を開くより先に後ろに控えていたモリネロが大声を上げ、それに応えるように隙をついてウリクルは肋骨の隙間から強烈な突きを見舞って赤い玉を粉砕、骸骨を無効化した。あと一体。左右から挟み込むように俺とウリクルがじりじりと間合いを詰める。
「伏せろウリクル!」
モリネロの声がしてウリクルが反応したかしないうちに眩い光がモリネロが持つ杖から放たれ、ウリクルの肩をかすめながら骸骨剣士のど真ん中にもろに直撃し、乾いた派手な音を上げてそいつは文字通り消し飛んでしまった。
今までの戦いが嘘のような静けさが、俺たちパーティの初めての戦闘の終わりを告げた。さっきまで手にしていたはずの俺の刀は、いつの間にか腰の鞘に収められていた。俺が2体の敵を倒したことが今まさに起きたことなのか、実感できなかった。
ふと顔を上げると、腰をかがめていたウリクルが恐る恐る身体を起こしていた。そう、打ち合わせでは、戦闘になったら魔法は俺たちの補助になるように使うと話していたから、さぞかし驚いたに違いない。
「ったく、お前には騙されたぜ」
荒い息を吐きながらウリクルが言った。モリネロは“俺”を真っ直ぐ見つめ、微かに頷いた。
「何、俺に言ってるのか? 一体何のことだ」
騙した? 俺が? 打ち合わせと違うことをしたモリネロのことじゃないのか?
「いやいや惚けるなよ、お前のことを言ってるんだよ」
松明をぐるぐる回しながらウリクルが言う。いや、こいつは何を言ってるんだ? まさか……俺が戦っていたのが分からなかったのか? さっきまでのことが急に現実感を失ってきた。
「正直わたしも騙されましたよ」
追い討ちをかけるようにモリネロが続いた。
俺が何と答えたらいいのか分からなくなっていると、ウリクルが部屋中に響き渡る笑い声を上げながら
「お前、メチャクチャ強いじゃん!」
と言った。え? 俺は余計混乱した。「俺、戦ってたよな?」
「え、何、お前ふざけてんの? 凄え強いよ、あんなに速く斬れんの、見たことないぜ」
「ちょっと待てよ。じゃあ騙したって何のこと?」
モリネロも一緒になって話してくれたのはつまりこういうことだ。今日、ダンジョンに入る時に俺が随分ビビってる様子だったらしく、気持ちだけ前のめりでヘマをしそうだとウリクルは心配したという。モリネロもウリクルほどじゃないが、あぶなかっかしく思ったそうだ。
「そうだよな、だからさ、入る前に少し間を取ったら少しはましになるんじゃないかって思って」
「飯を食いだしたのか!?」
俺は今朝のウリクルの行動にようやく合点がいった。
「私もあなたの様子を見て、敵が現れた時に攻撃できる魔法の準備をし直したんですよ」
モリネロが言った。
「あの時お前が魔法書を読んでいたのは、さっきの光の矢の呪文だったのか!」
今思い返せば直前に魔法書を読み返すモリネロは、確かに急いでいるように見えたが、そういうことだったのか。
「3人しかいませんからね、ウリクルしか前で戦えない場合を考えると、自分も攻撃しなくちゃなりませんからね」
「正直焦ったぜ、これはまずいことになるかもってな。なのによ、戦いが始まったら電光石火ってやつだな、俺が手こずってるうちに2体も倒しててな!」
ウリクルはもうゲラゲラと笑いが止まらなかった。
「ビビってると思ったら、こんなに強くて、ホント、騙されたぜ!!」
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