第2話 掠める悪意

 悪意、敵意、害意に晒される事が多い。

 その自覚は有る。

 自称「女の敵の敵」それが俺の在り方だと思っている。

 ストーカーを排除して、被害に悩む女性を守るのが俺の仕事だ。

 手を拱(こまね)いているとストーカー殺人にまで至る可能性が有る。

 それを若造の時に見過ごせない、と奮い立って随分が立つ。


 日曜の昼下がり。

 関東某所の郊外。

 暖かい日差しに冬だと言う事を忘れそうになる陽気だった。

「守月さん!」

 スタッフの警告の声にその方向を振り向こうとした瞬間、車のエンジン音か排気音か、唸る様な強い音に思わず一歩跳ね退いた。

 直後に今まで俺が立っていた場所を一台の車が猛スピードで通過して、そのまま走り去って行った。

 運転席に座る男の横顔に見覚えがあった気がした。

 飛び退いたが左腕の袖にミラーが掠めて行った。

 一秒でも遅れていたらねられていただろう。

 正確な速度は分からないが、正面から撥ねられていたなら文字通りね飛ばされていただろう事は容易に想像がつく。

 心臓が躍る。

 全身に嫌な汗が滲む。

 膝が笑った。

「俺、今殺されかけた――よな?」

 遠ざかる車の挙動に迷いは無かったと思う。

 つまり、乱暴な運転では無く、明確な害意が有った様に思える。

 もう一度戻ってくるとは思えないが、次がいつかも分からない。

 怖いとか恐ろしいとか以前に、危機感が湧き上がるのを自覚する。

 少し考えてその場を離れた。


 人込みに身を置いて、次の悪意に備えつつスマホで電話を掛けた。

 数コールで相手が出る。

「もしもし、守月さん? またトラブル?」

 相手の能天気なトーンと弩直球な言葉に思わず苦笑が浮かぶ。

「はい、ちょっと今車に撥ねられかけまして」

 挨拶を省いて本題を切り出す。

 電話の相手の溜息に苦笑が深まる。

 一連の流れを報告する。

「――難しいね。怪我はしてないと成ると……」

「ですよね、とは言え避けなかったら多分撥ね飛ばされてたと思いますけど」

 予測はしていたが、接触していたら命が危ない程の怪我だったと思うと“避けるべきでは無かった”とは思えない。

 逆に、接触してないと傷害未遂程度しか取れないのが手痛い。

 困った事に、明確な悪意が有ったとしても現行法で我が身を守る術が無い。

 眉に深い皺が寄るのが分かる。

「取り合えず、同期にも相談してみるけど」

 そう顔馴染みの刑事が請け負ってくれた。

 実際の所、あまり当てに成らないとは思ってしまう程度には、世界が優しくない事を知っている。

 苦い話では有るけれど。

 

 数日後、警察から連絡が有った。

 捜査はしてくれたらしく、犯人の特定は出来たのだが所在が不明との事。

 その報告でまた背筋が凍った。

 犯人が捕まるまで、延々と身の危険に晒されるのだと思うと怖い。

 理不尽な悪意はまだまだ纏わり付いて来るらしい。

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