悪意とは甘くて濃くて重たくて

守月左近

第1話 逆恨み

 職業柄、恨みを買いやすい。

 それも粘着質で執着心旺盛な人間の邪魔をするのだから当然と言えば当然。

 沢山の怯える女性を守り、大勢のストーカーから恐れられ、時に恨まれる。

 それでも、躊躇う事無くその仕事を続けている。

 そんなある日、マンションの集合ポストが漁られ荒らされる事が週に数回起こった。

 床一面にぶちまけられた郵便物を溜息交じりに拾い上げる。

「またか……」

 自分の所以外の郵便物に被害は無い様だから、ターゲットは自分らしいと分かる。

 正直心当たりが多過ぎて逆に分からない。

 三桁のストーカーの邪魔をして来た、つまり三桁の恨みを買っていると言う訳だ。

 眉間に皺を寄せて郵便物を持って上がった。


 暫くして「最近荒らされなくなったな」と思っていた所でまた被害が出た。

 朝、ポストを開けると白いビニール袋が入っていた。

 配達されたDMの類が水に濡れていた。

「今度は何だ?」

 そう思ってビニールを開けると心の底から後悔が湧いて来る。

 白く濡れたそれは蛇や梟の餌だった。

 深い溜息を吐いてそれらを片付ける。

 そんな事が週に二度三度続いた。

 徐々に嫌がらせは手が込んだ物に成ってきている。

 次は何だろう? そう思いつつ取り合えず警察に相談をする。

 警察も対応してくれる程の深刻な物では無いが、一度も相談していないのとでは後々大きく違いが出るものだ。

 顔馴染みの刑事と話して履歴だけは残して置いてもらう事にする。


 ポストにネズミの死骸を投げ込まれる様になって二週間ほどが経過したある日、事務所を開けようとドアに近づくとドアが何か金属で削られたのか、塗装が線状に何本も傷が付いていた。

 そしてドアの前に一本の包丁が転がっている。

 業を煮やしたのか、直接的な器物破損だし、脅迫だ。

 即座に事務所から警察に通報して相談を増やした。

 これは本格的に拙いと思った。

 ストーカーに怯える依頼者がこのドアを見たら余計に怯えてしまう。

 腹立たしいし、面倒では有るが当分は依頼者とは外で会うしか無いらしい。

 事情聴取と指紋等の痕跡を採って警察は帰っていった。

 いくら日本の警察が優秀でも数日で片が付くとは思えない。

 まだまだ時間が掛かるな、と疲れが籠った溜息が漏れるのを実感した。


 刃物での脅しから一週間。

 インターホンが鳴った。

 ピンポーン。

 嫌がらせが続いていた為、事務所の鍵は掛けていた。

 依頼者は荷物か、と考えてデスクから立ち上がると再び音がする。

 ピンポーン。

「はいはい、今出るから……」

 そう独り言を呟いた所で音が重なる。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ピンポーンピンポーン。

 ピンポピンポピンポーン。

 ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ――。

 チャイムが執拗に鳴らされる。

 その粘着質な行動に、この所の嫌がらせの犯人が直接来たのだと理解する。

 逃げ出したら追いかけられる様に革靴に履き替えた。

 犯人はどいつだ? と顔をドアスコープに寄せようとした瞬間に警鐘が鳴る。

 脳裏には古いアメリカ映画のワンシーン。

 鳴りやんだインターホンと一瞬の静寂。

 思わず顔をドアスコープから外した直後、ガンともドンとも取れない音と共にマイナスドライバーがドアスコープを突き破った。

 血が引くのと頭に血が上る、相反する感覚が同時に身の内に湧き上がる。

 ドライバーはガコガコと上下左右に、まるで抉(えぐ)る様に動き続けていた。

鍵を外し、ドアを全体重、全力で押し開けるとドアの向こうの人物に当たったのが分かる。

 その勢いのまま犯人を組み伏せてネクタイで両手を後ろ手に拘束して通報する。

「お前さえ居なければ! 俺とあの子は幸せに成れたんだ! この悪魔め! 悪魔! お前は悪魔だ!」

 そう叫び続ける犯人は顔見知りの警官に現行犯逮捕されて警察署に連行されていった。

 一連のトラブルはこれで一応、解決と成った……とは思えなかった。


「それで? どうなったの?」

「何が怖いってさ。目玉抉られそうになった事もだけど、殺人未遂が取れなかったんだよ……」

 脅迫、器物破損そして傷害未遂だけでは刑期もそこまで長くない。

 そう遠くない内に再び現れると感じているらしい。

 重々しい溜息に再び背筋に寒い物を感じた。

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