「報酬は言い値で払うよ」6

 リオネル・クレイグ・フォン・アシュフィールドは、身分を問わず、様々な女性と恋に落ちてきた。

 一年半前のある日、コンスタントたち護衛の目を掻い潜り、彼はとある人物と出会った。

〈赤閃の魔女〉と呼ばれる、燃えるような赤毛が美しい人だった。

 逢瀬を重ね、お互いの正体を知っても、その恋が冷めることはなかった。らしい。しばらくは。


「ところが、あることがきっかけで僕はイライジャと別れることになった。別れ話の際、僕らは大いに揉めてしまい、そのまま二度と会うことはなかった……。それからしばらくして、僕は女性恐怖症となったのさ」

「ちなみにその[[rb:き>・]][[rb:っ>・]][[rb:か>・]][[rb:け>・]]とは?」

「それはイライジャの名誉に関わることだから、僕の口からは言えないな」

「そうですか……」


 とはいえ、レティーシャはなんとなく別れた理由を察していた。


「大方、アシュフィールド様が他にも好きな人が出来てしまって、別れ話を切り出したら師匠が泣きついてきたんでしょ?」

「どうして分かったんだい? それも魔法?」

「いや、あなたの噂とその性格から大体察しただけです」


 あと、師匠の[[rb:ア>・]][[rb:レ>・]]を知ったのだろうな、と推察する。こっちは十年以上も魔女の弟子をやっているのだ。数多の修羅場にも巻き込まれてきた。恐らくリオネルは師匠のアレを受け入れられなかったのだろう。大抵の人間はそうなので当然の反応と言える(レティーシャは家族として暮らしてきたので、特に抵抗なくすんなりと受け入れている)。


「でも、あなたと別れたことがきっかけで、師匠は衰弱していきました。歳も歳でしたしタイミングの問題だったんでしょうけど。不誠実な別れ方でもしたんでしょう?」


 リオネルは肩を落とし、しゅんとしていた。


「確かにそうだね。慰謝料としてそれなりの金額を渡そうとしたら、大激怒されたんだ」

「でしょうね。師匠、私と違ってお金には全然興味ないから」


 そして、家に帰ってきて。

 心身共に弱って。

 死の間際。魔女は無意識に呪いをかけてしまったに違いない。

〈赤閃の魔女〉は恐らく何百年も生きている、凄腕の魔女である。

 あの時の、たった一言。

 ――ああいうのはいっぺん女性恐怖症になって誰も信じられなくなって死ねばいいんだわ。

 あれが呪いの引鉄になったのだろう。


「女性を見るたびに僕は何故か恐ろしくなった。気分が悪くなり、酷いと嘔吐する。何かしらの病気を疑ったが、医者曰くどこも悪いところはないときた。では、呪いかもしれないと。……母方の祖母のツテで魔女に視てもらったが、彼女は『私には解呪出来ない』と怯えてしまった」


 何を視たのかと訊けば、赤毛の女性がリオネルにくっついていると返ってきた。

 リオネルは〈赤閃の魔女〉のことだとすぐに分かった。


「呪いはかけた本人に解いてもらうのが最善なんだろう? だから、ここに来た」

「でも、死んでるとは思わなかった?」


 レティーシャの言葉にうなずくリオネル。


「あなたがイライジャの弟子ならなんとかしてくれると思い、僕はそのまま解呪の依頼をした」


 あなたに提示したのは本来なら別れたあの日、イライジャに渡すはずの慰謝料だった、とリオネルは白状する。


「……最初から包み隠さずにそう言ってくれたら、私だってこんなに腹が立たなかったのに」


 レティーシャは不機嫌さを隠さすことなくそう言った。


「いや、僕らはイライジャが死んだ間接的な原因だろう? あまりいい気分にはならないと思ってね」

「どうせすぐにバレるのに?」

「それはそうなんだが、言い出しづらくて、敢えて知らぬふりを……」


 レティーシャは長い溜め息をついた。


(師匠、この男のどこが良かったんですか? 顔以外に良いところがまったくありませんよ?)


 そういえば師匠は面食いだったな、とレティーシャは遠い目をする。


(正直、このお貴族様の呪いを解かない方が世のため人のためって感じもするけれど……)


 自分の親代わりであった人が、いつまでも呪いの姿でこの世に留まっているのは見たくはない。


(師匠。私はあなたを超えられなかった。だけど、この呪いが解けたら、私も晴れて一人前ってことになりませんか)


 死んだ師匠からの、最後の課題。

 引き受けない手はない。

 それに――。


「報酬は言い値で貰えるんですよね。いいでしょう、やります」


 レティーシャは、お金に目がない。


「い、良いのかい!?」


 リオネルが目を輝かせる。


「断る理由もないですからね。ただ、師匠はあの〈赤閃の魔女〉。魔法を扱う者たちの間では伝説みたいな存在で、実際、そのくらい力のある魔女でした。どこぞの三流魔女みたいにちょっとやそっとじゃ解呪出来ません。長期戦になります。その覚悟、あります?」

「もちろんだとも!!」


 リオネルは喜びのあまりレティーシャの両手を握り、ぶんぶんと上下に振りまくる。


「ありがとう、魔女殿! あなたは僕の救世主だ!」

「分かった、分かったから!」


 レティーシャは視線を逸した。リオネルの顔がいいので、微笑まれると眩しくて敵わない。


「呪いが解けた暁には、是非とも僕とお付き合いしてほしい!」

「何言ってんの!? あなた反省してくださいよ! 自業自得で呪いかけられたの分かってます?」


 すると今まで黙っていたコンスタントが口を開いた。


「協力には感謝するが、こればかりは無理だ! 魔女、諦めろ!」

「何で私にそう言うかな? 主人を諌めなさいよ!」


 こうしてレティーシャは、リオネルの解呪を請け負うことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お金が大好きな魔女ですが、呪いが解けない伯爵令息の猛アプローチが厄介すぎる 日城いづる @ohutooon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画