「報酬は言い値で払うよ」5
レティーシャはヒュッと息を飲んだ。
(き、金額が書かれていない小切手ですって!?)
「わ、私が決めていいんですか。金額を?」
リオネルが大きく首を縦に振った。
レティーシャは信じられない気持ちで小切手とリオネルを交互に眺める。
夢ではないかと頬を抓ると痛かった。現実だった。
(嘘ぉ……。一攫千金のチャンスが巡ってきちゃった……)
レティーシャはゴクリと唾を飲み込み、頭の中で諸々の計算をする。引っ越し費用にマイホームの建築費に実験に必要な器具に――と欲しいだけの金額を弾き出す。
断られる覚悟でその金額を口にすれば、リオネルは「それくらいお安いご用さ」と快諾してくれる。
「そのくらいしか対価が思いつかなくてね。家門の危機だから、誠意は見せないといけない。父とも話し合って決めたことだ。遠慮なく好きな金額を書いてくれたまえ」
「俺は千コルドでもいいと思いますがね……。ぼったくりですよ、まったく」
コンスタントは不満を漏らすものの、主人の決定には従うようだ。
「それから、その小切手は前金だよ」
「へえっ!?」
変な声が出た。レティーシャは咳払いをして誤魔化す。
「ま、前金とは、その、解呪したら更に何か貰えるってことですか!?」
「ああ。魔女殿が望むものを何でも差し上げよう」
(何でもってことは、家をねだってもいいってこと!? そしたら建築費はその分浮くから、貯金に回せる! ふふふ……ふふふふ……。あ、涎が出てきそうになった。自重自重……)
頭がクラクラしてきたレティーシャである。
「引き受けてくれるだろうか」
「喜んで!!」
レティーシャは一も二もなくうなずいた。
失敗するかも、じゃない。
成功させるのだ。必ず。
レティーシャの瞳はお金の単位を表す「コルド」の頭文字「C」を象ったマークになっていた。
「それでは、解呪しましょう。アシュフィールド様、手を重ねてください。『女性恐怖症の呪い』をかけたのが誰なのか、視る必要があるので」
レティーシャはリオネルに向かって手を差し出す。
「ああ。分かった」
リオネルはレティーシャの手を握った。久し振りに女性に触れたからか、心なしか嬉しそうである。
「握らなくていいんですが」
「魔女殿の手は見た目に反して小さいね」
「ああ、はい。幻術で男に見えてるだけで、実際の大きさは変わりませんからね」
握手をやめる気配はないようだ。レティーシャはやれやれと首を振った。
「……じゃあ、視ますので。静かにしてください」
――呪いはその人にくっついてるのよ。頑固な油汚れみたいにね。
――しかも、かけた相手の姿をしてるのよ。[[rb:幽霊>ゴースト]]に似てるわね。
――目に魔力を集めて。〈視顕す〉感覚を掴みなさい。
レティーシャは師匠から教わったことを思い出しながら、呪いの元を〈視顕す〉。
レティーシャの瞳孔は猫の瞳のようになり、月の光のように輝き始める。
リオネルの背後にべったりとくっつく黒い靄は、魔力を込めるたびに人の形を取っていき――。
「え、……し、師匠……?」
なんと呪いはレティーシャの師匠の姿をしていた。
目の下に深い隈が出来ており、黒い涙を流しながらリオネルにしがみついている。
とても哀れで見るに絶えない。
半年ぶりに見る師匠の姿に驚き、レティーシャはリオネルの手を離した。
「ど、どういうこと? 『女性恐怖症の呪い』なんてふざけたものをかけたの、師匠だっていうの!?」
取り乱すレティーシャ。
リオネルが落ち着かせようと声をかける。
「ま、魔女殿? 一体どうしたんだい」
「どうしたもこうしたもないわよ! 何で師匠があなたのような貴族に――!」
あの日の出来事が、脳裏に蘇る。
――もうやだ。恋愛なんてしないわ……。アタシ、もう、疲れたわ……。今度こそはと思った男もクソ。今までの男と同じ。ううん、もっと酷い。
――ああいうのはいっぺん女性恐怖症になって誰も信じられなくなって死ねばいいんだわ。
レティーシャは思い出した。
〈赤閃の魔女〉が死ぬ直前、恋した男は一体誰だったのだろう?
もしかして、と嫌な予感が全身を駆け巡る。
(だって、そうでもないと、貴族との接点なんてあるはずがない。師匠の名前を知ってた時点で、そうじゃないかとは、思ったけれど……! まさか、本当にそうなの?)
「アシュフィールド様、少し、お訊ねしたいのですが」
ゆらり、と。俯いていた顔を上げ、レティーシャはリオネルを睨む。
リオネルはその圧に一瞬気圧される。
「な、何だろうか」
「あなた、まだ、私に話してないこと、ありますよね?」
「……」
「あ・り・ま・す・よ・ね?」
リオネルが目を逸した。図星だ。
「魔女、貴様、リオネル様を脅すのか?」
「うるっさいわね! あんたたちが何か隠してるから苛立ってんのよ! しかも、私の師匠に関することだわ!」
レティーシャはコンスタントにも食ってかかる。
師匠が死んだ間接的な原因がこの二人かもしれない。そう思うと、腹が立って仕方ない。
「この呪い、〈赤閃の魔女〉がかけたものなんでしょう!? あんたもこの色ボケ貴族が大事なら、ちゃんと私に包み隠さず全部話しなさいよ!」
「それは、だな……」
リオネルほどではないが、コンスタントもレティーシャの勢いに圧され、続く言葉を発せないでいた。
レティーシャは大いに憤慨し、目の前の二人を睨めつける。
「アシュフィールド様。〈赤閃の魔女〉、イライジャ・ラーライアは、過去、あなたの恋人でしたよね?」
数秒の沈黙のあと。
はい、とリオネルがうなずいた。
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