「報酬は言い値で払うよ」4

 レティーシャは作業場から小さなテーブルと椅子を魔法で引き寄せ、リオネルとコンスタントを座らせた。

 リラックス効果のある薬草を使ったお茶を出したが、二人ともひと口だけしか飲まなかった。

 レティーシャは商品の受け渡しに使うカウンターに立ち、リオネルを刺激しないように距離を取っていた。

 ポポは鳥籠の中に入ってもらった。騒ぎ疲れたのか、止り木でうとうとしている。

 ちなみに、店先にはきちんと「定休日」の札を掛けた。


「醜態を見せてしまい、申し訳なかった」


 リオネルが深々と頭を下げた。貴族のつむじなんてなかなかお目にかかれないので、思わずまじまじと見つめてしまった。


(貴族が簡単に頭下げていいものだったかしら。私、平民なのに)


「いや、まあ。失恋のたびに師匠が飲めもしない酒を飲んで吐いていたので、こういった後始末は慣れてます」

「そ、そうか……。いや、女性に後始末を押し付けてしまい、申し訳なかった……」


 リオネルはコンスタントの背に隠れるようにしてレティーシャに謝罪する。初めて人間と邂逅した小動物のようだった。


「今も私が怖いですか」

「ああ」

「そうですか。では、こうしたらどうですか」


 レティーシャはそう言って、自身に魔法をかけた。

 主従コンビの目が大きく見開かれる。反応を見るにきちんと術がかかったようだ。


「これは素晴らしい! 僕には君が男性にしか見えないよ!」

「何だ、これは。急に男になった!?」


 リオネルは小さく拍手をし、コンスタントは目を仕切りに擦っている。


「幻影術です。女性が怖いとおっしゃってましたので男性になってみました」

「声も変わっている!」

「声も変わるように魔法を使いました。どうやら、大丈夫のようですね」

「そのようだ。それにしても、このような魔法は初めて見たよ。魔法使いや魔女にお会いしたことはあるが、実際に魔法を行使する場面は見たことがなくてね」


 そうだろうな、とレティーシャは思う。

 大抵の魔法使いや魔女は山奥や森に引っ込んでそうそう都会に出てこない。皆、自分の研究に忙しく、ひどく厭世的だ。

 王室に仕える魔法使いは、大体が「変わり者」だ。〈赤閃の魔女〉やレティーシャもその部類に入る。


 レティーシャはカウンターから出て二人が座るテーブルへ向かった。


「改めまして。〈赤閃の魔女〉の弟子、レティーシャと申します」

「ああ。僕も改めて。リオネル・クレイグ・フォン・アシュフィールドだ。彼はコンスタント。私の従者だ」

「……コンスタント・トランジットだ。察していると思うが、リオネル様はアシュフィールド伯爵家のご長男だ。不審な行動を取ったら、……分かっているな?」

「ええ。肝に銘じておきます」


 剣の柄に添えられた手を見て、レティーシャは何度も首を縦に振った。

 各々、自己紹介が終わったところで本題に入る。


「ざっと見たところ、アシュフィールド様は『女性恐怖症の呪い』をかけられているようですね」

「やはり君の見立てもそうか」


 ここに来る前も誰かに見てもらったような口ぶりだ。少し気になったがさっさと終わらせたいので、レティーシャは話を続ける。


「恐怖が限界に達すると嘔吐する、といった感じでしょうか。誰にかけられたとか、心当たりはありますか?」


 するとリオネルは、輝く笑顔で答えた。


「心当たりはたくさんあるね」


 きっぱりと言い切る。かえって清々しい。


「僕はね、社交界デビューをする前から、様々な女性と恋に落ちてきた。初恋は家庭教師だった。その次に恋したのは我が屋敷で働いていたメイド。その次は婚約者がいる子爵令嬢。その次は――」

「あ、いやそれ以上は結構です。アシュフィールド様は、恋愛体質なんですね」


 ふと、レティーシャはリオネルについての噂を思い出した。


(アシュフィールド家の跡継ぎは女性好きだって聞いたことがあるような? 身分も関係なく、女性であれば誰だって好きになる。その美貌で人間だけでなく精霊すらも虜にした、とか)


 ほとんど店に引き篭もっていたので流行には疎いが、噂好きの客がそんなことを話してくれたような気がする。

 様々な女性と浮き名を流す伯爵令息。〈愛恋の伯爵令息〉だとか、〈恋多き伯爵令息〉だとか言われているが、要は無類の女好きということではないか。

 女にしてみれば最低な男ではあるが、その美貌と甘い言葉と、財力に惹かれてしまうのだろう。

 幸い、この国は婚前前に異性がみだりに肌を重ねてはいけないとされているから、リオネルの子どもを身籠った女性はいないようだ。

 前世の日本だったら、リオネルにはたくさんの子どもがいただろう。伯爵家の家系図が都心の路線図のように複雑になっていそうだ。


「そうだね。次々と新たな女性と恋に落ちるから、恨みも買っているとは思う」

「婚約者はいないんですか?」

「今はいないよ」


 昔はいたらしいが、リオネルがあまりにも[[rb:こ>・]][[rb:う>・]]なので、婚約は白紙になってしまったらしい。


「僕、誰かひとりのモノになるのが向いていないようでね」

「そんな自信満々にク――こほん、何でもありません」


 コンスタントから殺気が飛んできたので、レティーシャは慌てて誤魔化した。


「とにかく、アシュフィールド様は呪いを解いてほしいのですね?」

「ああ。そうだね。女性を愛せない僕は僕じゃない。鳥に空を飛ぶな、魚に泳ぐな、と言うようなものさ」


 レティーシャは一瞬、天を仰いだ。


(別にそのままでも、良いのではないかしら……)


 女性恐怖症の呪いは、女性を[[rb:魔の手>リオネル]]から救うのに一役買っているのではないだろうか。


(うん。このままの方がいい。何人もの女性が救われると思うわ)


 胸の内を明かすとコンスタントから睨まれそうなので、黙っておくレティーシャである。


「事実、旦那様と奥様は大層喜ばれた。リオネル様が女性遊――まあ、その、不特定多数の女性に近づかなくなったからな」


 コンスタントが説明を引き継ぐ。


「ところが、だ。女性恐怖症のままでは困るだろ。特に、リオネル様は将来アシュフィールド家の当主になられるお方。これでは子を残すこともままならない」

「なるほど。女性が怖いのなら、新たに婚約者を充てがっても意味がないですよね」


 アシュフィールド家には次男がいるが、身体が弱くて気も小さいので、爵位を継ぐには少し頼りないらしい。


 それに、これからのアシュフィールド領を盛りたてていくには、リオネルの力が必要になるのだという。

 女性に対しては[[rb:あ>・]][[rb:れ>・]]だが、リオネルには領地経営の才がある、とコンスタントが力説する。


「だから、元のリオネル様に戻してもらう必要がある」


 実は、既に他の魔法使いや魔女たちのもとを訪れたという。

 だが、呪いが強力なため解呪できないと断られた。

 他の魔法使いたちを探そうにも、多くは山奥に籠もっているので見つけ出すのも骨が折れる。

 王室付きの魔法使いには、国を揺るがす一大事でもない限り依頼は不可。

 頼りになるのは、伝説級の強さを持った〈赤閃の魔女〉だけ。

 しかし、その魔女も今はない。

 頼みの綱は――弟子のレティーシャだけだ。


「魔女よ、改めて頼む。解呪してくれないか」


 そう言うと、コンスタントは一枚の紙切れをリオネルに渡した。

 リオネルはそれをテーブルの上に置き、レティーシャの前へ滑らせる。


「報酬は言い値で払うよ」


 それは、金額の書かれていない小切手であった。

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