「報酬は言い値で払うよ」3


「おはよう」

『オハヨウ、オハヨウ! 今日モ、イイ天気!』

「そうね。薬草採取にはいい日ね」


 魔女が死んで半年が経った。レティーシャには家族が増えた。[[rb:〈お喋り鳥〉>チャッターバード]]と呼ばれる、文鳥とカナリアが合体したような鳥である。〈お喋り鳥〉は愛玩用として人間に生み出された生き物だ。人語を解する程頭が良く見た目も綺麗なので、貴族の間ではペットとして人気なのだ。

〈お喋り鳥〉を飼うことにした理由は単純だ。声の出し方を忘れないためである。普段は店の作業場に引っ込み、十数時間は無言で鍋に向き合っているので、声を発することが少ないのだ。

 話すのは接客の時くらいだが、客との会話も二言三言である。それも、「いらっしゃいませ」「それは十コルドですね」「ありがとうございました」といったものだ。薬の効能説明くらいはするが、それは客に乞われた時だけである。商品と一緒に効能の簡単な説明も貼り出しているので、そういった機会も少ない。


 このままでは人間として何かダメなのではないかと思ったレティーシャは「必要なことだから!」と決して安くない金額を支払って〈お喋り鳥〉を迎えた。名前は「ポポ」にした。たんぽぽのような、黄色い身体の鳥だったからだ。

〈お喋り鳥〉は大半が陽気な性格をしており、ポポも例に漏れず、レティーシャ相手にたくさん話しかけた。


『ゴ飯美味シイネ!』

『今日モ頑張ル!』

『レティーシャ、ポポ、歌ウネ!』


 魔女が死んで寂しかったが、ポポのお陰で生活にハリが出てきたように感じる。


「今日はお店を閉めて、森に行くわ。ポポも一緒に行く?」

『行ク! ハコベ、食ベタイ!』

「あまり食べ過ぎるのも良くないのだけどね。ええと、忘れ物は――」


 ちりんちりん、とドアベルが鳴った。作業場にいたレティーシャは怪訝な顔で店の方を覗き込む。


「あれ、閉店の札掛けてなかったかしら……」


 店は七日に一度、定休日を設けている。前世でいうところの、水曜日に当たる日を休みにし、薬草採取へ出かけているのだ。そろそろ傷薬に必要な薬草がなくなりそうなので、今日を逃すわけにはいかない。残念だが、客には帰ってもらわなければ。


「すまない。誰かいないだろうか」


 男性の声だった。レティーシャは肩にポポを乗せ、売り場の方へ急いだ。


「すみません。せっかく来て頂いたのに申し訳ないのだけど、今日は定休日で――」

「〈赤閃の魔女〉、イライジャの店はここだろうか?」


 久し振りに聞いた師匠の名前に、レティーシャはドキリとした。〈赤閃の魔女〉の通り名ばかりが有名になって、魔女の本名を覚えている人は少なかったからだ。「イライジャ」と呼ぶのは、弟子であるレティーシャか、恋人くらいだった。


(もしかして、師匠の恋人だったとか……?)


 魔女を訪ねてきたのは、二人組の男性であった。


 ひとりは眩い金髪の持ち主で、随分と身なりのいい格好をしている。「前世のレティーシャ」が、絵本に登場する王子様みたいと叫んだ。確かに、金髪碧眼の美男子だ。これで王冠とマントを羽織って白馬に乗っていたら完璧に王子様だ。

 だが、「今世のレティーシャ」が待ったをかける。この人の舐めるような視線、超気になるんですけど、といったように。


(正直顔はめちゃくちゃタイプなんだけど……。でも、何故かしら。この人の視線、なんか嫌……)


 もうひとりは、青髪の男である。目つきが鋭く、じっと油断なくレティーシャを見つめている。少なくとも、金髪の方よりは不快にならない視線である。腰に帯びた剣を見て、レティーシャは二人の関係性が主人と従者であることを察する。


「申し訳ないのだけれど、イライジャは半年前に亡くなりました。今は弟子の私が薬屋としてこの建物を使っておりまして」

「何だって!?」


 青髪が大声を上げた。雷のようなそれに、レティーシャは身をすくめる。ポポも『ウルサイ!』と若干目を回している。


「ならばリオネル様の呪いを解ける者はどこにもいるというのだ!」

「はあ? 呪い?」


 もしかして、金髪の方だろうか、とレティーシャは目を細める。

 確かに、金髪の男性からは「善くないもの」がついている気配がする。


「女、お前も魔女か?」

「そ、そうですが……」


 レティーシャは一気に青髪が嫌いになった。初対面から何て傲岸不遜な奴なのだろう。


「ならばお前でもいい。リオネル様の呪いを解け!」

「……それ相応の報酬は頂きますが」

「いくらだ」

「千コルド」

「せ!? ふざけているのか!?」


 千コルドは前世で言うところの「百万円」くらいである。


(まあ、いいところのボンボンだと思って多少吹っかけてはいるのだけどね)


 レティーシャはいつもの決り文句を述べる。


「大真面目です。私は薬専門の魔女として店をやっています。解呪はやれなくもないですが、出来に期待しないでください。失敗しても文句は言わないでください。それでも構わないのなら、千コルドでお引き受け致しましょう。あ、失敗したら料金はお返ししますので、ある意味損ではないかと」

「貴様!」

「コンスタント! いいんだ、僕が話す」

「いやしかしリオネル様!? あまり近づいては!」


 後ろで控えていた金髪――リオネルというらしい――が、青髪の前に出た。

 レティーシャは顔の良さに一瞬怯んだものの、気を取り直してリオネルと向かい合う。


「初めまして、魔女殿。僕の名前はリオネル・クレイグ・フォン・アシュフィールドという」

「は、はあ……」


 何故か両手を握られた。顔が近い。なんというか、顔周辺がきらきらと輝いて見える。星屑が散りばめられているのか、と思うくらいに。


(あれ。アシュフィールドって、この領地を治める伯爵の姓よね?)


 レティーシャは困惑した。貴族が何故、ここに。 


「お願いだ。どうか、この僕にかけられた呪いを解いてくれないだろうか。ああ、美しい魔女殿。シトリンの瞳に魅入られて、僕は君の虜になったのさ」

「……」

「君の髪は夜空に負けない程黒く艷やかで美しい。きっと月夜の下で、君の魅力はより輝くんだろうね」

「……」


 サブイボが立った。レティーシャが後退するとリオネルが笑顔で前進した。どういうことなのか。


『イヤー! 変態! 変態ガイル! レティーシャガ危ナイ!』

「ポポ。変態ではないと思う。だって多分、この方大真面目に私を口説いてて――」


 すると、リオネルの顔が一気に青褪めた。サーッという効果音がつきそうなくらい、急に顔色が変わった。

 鳥肌も立っている。ガタガタと震え始める。

 青髪(コンスタント)が「だから言ったじゃないですか!」と叫ぶ。


「リオネル様、その手を離してください! 呪いが!」

「え?」


 瞬間、リオネルが一言呟いた。


「こ、怖い」

「ええ?」

「怖い。女の人が、怖い!」

「はい?」


 リオネルがガタガタ震え始める。全身バイブレーションになったかのように、小刻みに。


「怖いんだ! こっちを見ないでくれ! 吐きそうなんだ!」

「じゃあ離しなさいよこの手を!?」

「でも女の人は大好きなんだ! 離したくない!」

「何なのよあんたは!?」


 レティーシャは混乱していた。矛盾した物言いに、ついつい言葉が荒くなる。


「本当に具合が悪そうなのよ、あなた! 離して!」

「そうです、リオネル様。その女から離れた方がいいです!」

「嫌だ! 久し振りに女性に触れたんだ!」

『変態ダー!』

「この鳥畜生、誰に向かって変態だと!」

「私の家族に畜生って言うのやめて!!」


 ポポが羽根を散らし円を描くように天井を飛び回る。その下でレティーシャ、リオネル、コンスタントが「離せ」「離さない」と揉み合う。

 混沌とした店内。埒の開かない状況。冷静な者は誰一人としてこの場にいない。

 膠着状態があと数十分続くと思われた。

 が、しかし。


「あ、ダメだ。吐く」


 リオネルが涙目で訴えた。瞬間、レティーシャが渾身の力でリオネルの手を振りほどいた。そのまま目にも止まらぬ速さで作業場へ駆け込む。


「桶持ってくるから店内で吐かないで!」


 背後でえずく音が聞こえ、レティーシャは間に合わなかったことを悟った。

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