「報酬は言い値で払うよ」2


 レティーシャは女をひと目見てピンと来た。これは、私だと。上手く説明できないが、雰囲気というか、顔つきというか――そう、魂が、自分だと感じ取ったのだ。


 夢の中のレティーシャは、この世界ではない、地球という星の、日本という国の、とある都市の中小企業で働いていた女だった。

 部下のミスをカバーし、上司に怒られ、夜遅くまで残業をし、休日は丸一日寝て過ごす……。そんな生活をずっと繰り返していたようだ。

 それなりに友人はいたようだが、恋人の気配は一切なかった。結婚願望はあったようだが、その手の縁には恵まれなかったようだ。

 趣味は節約と貯金。預金通帳を眺めてはニヤニヤしていた。まるで今世のレティーシャとそっくりだった。

 そんな代わり映えのしない日々を送っていた女は、ある日、あっさりと死んだ。

 家に泥棒が入り、揉み合いになったところで転倒。テーブルの角に頭を強く打って死んでしまったらしい。

 ――ああ、田舎に引っ越して、時間にも仕事にも縛られない、悠々自適なスローライフを送りたかったなあ。

 ――恋人、欲しかったなあ……。

 そんな後悔の念を抱いて。


 次の日。レティーシャは生まれ変わったような気持ちで目が覚めた。

 レティーシャとしての「私」と前世の「私」が混じり合って、完全な「私」になったような。足りなかったパズルの最後のピースが嵌ったような。そんな感覚だった。

 面白いことに、前世の記憶を得てからこの世界に存在しないはずの知識が増えていた。魔女としてのレティーシャはウズウズしている。冷蔵庫や掃除機をこの世界で再現できないかしら、とか。前世で食べた美味しい料理を再現できないかしら、とか。


(それから、もっとお金をたくさん貯めよう。宝石、貴金属だっていい。とにかくお金を貯めましょう! 広い土地に夢のマイホームを建てて、すろーらいふ? を実現させるのよ。 前世で叶えられなかった夢だもの! あ、恋人は無理。師匠を見ていたら恋とかお腹いっぱいだもの)


 ……そういった経緯で、レティーシャは自分の夢を実現させるために行動を始めたのだった。



***



 レティーシャは幼い頃から、様々な魔法を習ってきた。天候を操る魔法、動物と会話ができる魔法、ドラゴンを一撃で屠る魔法、等々……。そこらの三流魔女よりは優秀であったが、師匠を超えることはできなかった。

 しかし、魔女から「レティはアタシより薬を作るのが上手いわね。そうねえ、将来は薬屋を開いたらどう?」と褒められたことがある。これはレティーシャに大きな自信を与えてくれた。


〈赤閃の魔女〉のなんでも屋は、レティーシャの薬屋に変わった。

 ごく普通の傷薬はもちろん、魔力を込めた強力な魔法薬まで何でも取り揃える薬屋だ。

 滑り出しは順調だった。効き目がいいと口コミが広がり、なんでも屋だった頃よりお客が来るようになった。

 同時に、〈赤閃の魔女〉が死んだことはアシュフィールド領の住民たちの知るところとなり、次第に皆、魔女のことを話題に出さなくなっていった。


 たまに、魔物を追い払ってくれだとか、解呪をしてくれだとか、薬屋の範疇を超える依頼が舞い込むこともあった。恐らく、なんでも屋だった時の名残だろう。

 そういう時は、レティーシャは大金を吹っかけることにしている。こうすることで、大抵の客は諦めて帰っていくからだ。それでもいいからやってくれ、という客には「薬専門なので失敗しても文句は言うな」と十分言い含めてから依頼を受ける。もちろん、失敗したらお金は取らない。レティーシャはお金が大好きだが、騙しうちのような手段でお金を得ようとは思わないのである。

 幸い、今まで依頼に失敗したことはない。魔物退治だって、数えるたびにホクロが増える呪いだって、完璧にこなしたのだ。薬屋ひとつに絞って商売やらなくても良かったかと思うものの、慣れないうちに色々手を出すのは得策ではないと即座に考え直す。


(しばらくは薬屋ひと筋でやっていくべきよ。油断禁物って言うじゃない。それに、前世は寝る間も惜しんで仕事していたのよ。スローライフをするのが私の夢だけど、そのために自分の生活を犠牲にしてまでお金を貯めて夢を叶えるのは、また何か違うと思うのよね……)


 自分のペースで頑張ろう。レティーシャは、前世の自分がよくやっていた、天井に向かって拳を突き出すポーズを取って気合を入れた。


 それからは順調だった。薬屋は繁盛し、アシュフィールド領以外からも買いにくる人が多くなったのだ。また、一部貴族から定期注文を受けるようになり、毎月それなりの報酬が入ってくるようになった。


(薬屋以外の仕事もこなして大金が入るようになったし、夢を叶えるまであともう少しってところね! そろそろどこに引っ越して家を建てるか考えた方がいいかしら)


 未だに「ただいま」と言ってしまったり、「ねえ、師匠」と話しかけてしまったり、二人分の食事を作ってしまったりもしたが、レティーシャは順調な生活を送っていた。


 ――あの二人が来るまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る