「報酬は言い値で払うよ」1
半年前、レティーシャは〈赤閃の魔女〉と呼ばれる魔女を師と仰ぎ、共に暮らしていた。
〈赤閃の魔女〉は一時期王室付きの魔女として仕えていたらしいが「権力争いに巻き込まれたくない。あそこにいるくらいなら凶暴な魔物相手に三日三晩戦ってた方がマシ」とのことで、王都から少し離れたアシュフィールド領に引っ込み、なんでも屋を営んでいた。
ところが、なんでも屋は赤字同然。その日食うものにも困る始末だった。
というのも、魔法薬を売ったり、解呪をしたり、森に棲み着いた厄介な魔物を退治したり、大金を請求してもいいくらいの働きをしていたというのに、ほぼタダ同然の値段でこれらを引き受けていたからだ。
レティーシャが成長して家計を握るようになってからは正当な報酬を貰うように魔女に強く念押ししたので、毎日ふかふかの白パンを食べられるくらいには儲けられるようになった。
〈赤閃の魔女〉は確かな実力を持った超一流の魔女。金を欲しがらず権力にもなびかない無欲恬淡な人物――ではない。
魔女は恋愛が絡むとポンコツになるダメ人間だった。
魔女は今まで様々な男たちと恋愛をしてきた。恋人を盗った盗らないで女性が押しかけてきて魔女と修羅場を繰り広げとか、足の小指を箪笥の角にぶつける呪いをかけられたので呪い返しをしたら呪い返し合戦が始まったとか、碌でもない恋愛エピソードがたくさんある。
恋愛の醜い一面ばかり見せられてきたせいで、レティーシャは恋愛に夢を見ることができなくなっていた。
また、こういった話はお金を払って決着をつけていたので、レティーシャは幼いながらに「世の中は全てお金」「お金があれば大抵の厄介事は解決する」「恋愛は人を愚かにする」と悟る。
そしてついに、「世の中信じられるのはお金だけ」という結論に至る。
(世の中はお金。人の心を豊かにするのもお金。厄介事を解決するのもお金。将来のために必要なものもお金。私はお金と共に生き、お金と共に死ぬのよ)
レティーシャの趣味は貯金になった。魔女から教えてもらった収納魔法で箪笥一棹を貯金箱にし、数を数えてはニヤニヤするといったことが、毎晩の習慣になってしまった。
魔女からは「年頃になったんだから恋のひとつや二つしなさいな」と呆れられたが「師匠みたいに恋に生きる魔女にはなりません!」とレ言い返した。そこから日頃の文句の応酬になって、魔女の恋敵が店に乗り込んできてひと悶着あって――といったことが日常になっていたが、その生活も終わりを告げることになる。
ある日、魔女は買い物から帰るなり「真実の愛に目覚めた! アタシはきっと、あの人と結ばれるために生まれてきたのよ! あとのことは任せたわ、レティ!」と、宣言して家を飛び出したのである。
突然のことにレティーシャは目を数度[[rb:瞬>しばたた]]いていたが、すぐに気を取り直した。
(新しい恋のお相手に出会ったんでしょうね。さて、今回はどのくらい家を空けるのかしら)
今までの経験上、短くて三日、長くて一年で戻ってきたから、今回も多分大丈夫だろうとレティーシャは特に心配していなかった。
(師匠には幸せになってほしいな。捨て子だった私を拾ってくれた人だもの)
魔女とレティーシャは血が繋がっていない。完璧な赤の他人だ。詳しい出生は聞いていないが、レティーシャは捨て子だったそうだ。
魔女は未婚だというのに、よくひとりで成人(十五歳)になるまで育ててくれたな、と密かに感謝している。魔女からはたくさんのものを与えられて育ってきた。恋愛に夢を見ることはないが、それはレティーシャ自身の話。魔女の恋が成就して幸せになってくれるならいいと心から願っているのだ。
だから、魔女が家を留守にするくらいは大目に見てあげよう。それに、魔女が結婚相手を見つけて一緒に住みたいというなら、ここを出ていこう。新婚生活の邪魔はしたくない。寂しさはあるが、恩返しくらいはしたいのだ。
(まあ、修羅場とかは勘弁だけど。今度こそいい相手が見つかるといいわね)
溜まった依頼をこなしながら、レティーシャは魔女の帰りを待っていた。
半年後。師匠は絶望に打ちひしがれた顔をして戻ってきた。
「もうやだ。恋愛なんてしないわ……。アタシ、もう、疲れたわ……。今度こそはと思った男もクソ。今までの男と同じ。ううん、もっと酷い。ああいうのはいっぺん女性恐怖症になって誰も信じられなくなって死ねばいいんだわ……」
一体今回はどんな目にあったのか。レティーシャは一瞬興味をそそられたものの、魔女が憔悴しきっていたため、口を噤み、魔女を看病することにした。
〈赤閃の魔女〉は見た目こそ二十代の女性だったが、実年齢はその倍以上だった(昔の戦争や四代前の国王のことを、まるでその目で見てきたように言うので、おそらく二百年以上は生きている)。レティーシャにも本当の歳は最期まで明かさなかった。
加齢と失恋のショックも相まってか、魔女はあっという間に亡くなってしまった。
魔女は魔法の先生でもあり、親代わりだった人だ。さすがのレティーシャも三日三晩、亡骸の傍で泣き続けた。お陰で埋葬するまでに時間がかかってしまった。
遺言通りの場所に埋葬し一息ついたその晩、レティーシャは夢を見た。
それは、とある女が生まれてから死ぬまでの記憶だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます