お金が大好きな魔女ですが、呪いが解けない伯爵令息の猛アプローチが厄介すぎる

日城いづる

プロローグ


 ぐつぐつ、ぐつぐつ。


 今日も今日とてレティーシャは、大釜で薬草を煮込んでいた。

 透明な液体を振りかけ、今朝庭から引っこ抜いてきた草を投げ入れ、乾燥した黒い[[rb:何>・]][[rb:か>・]]を千切っては入れ、歌うように呪文を唱え、ひたすら鍋をかき混ぜる。鍋からは砂糖や蜂蜜のような甘い匂いがしているが、中身はドぎついいピンク色の液体である。食欲が失せる色合いだが、実は飲み薬なのだから驚きだ。


「……そろそろ、あいつらが来るわね」


 レティーシャは額に浮かんだ汗をローブの袖で無造作に拭った。

 同時に店の扉が開く。ちりんちりん、とドアベルが来客を告げた。

 やって来たのは二人組の男。服装の違いから、主人と従者であることが窺える。


 主人の方――眩い金髪の青年は、レティーシャを見るなり嬉しそうな笑みを浮かべた。


「やあやあ、ご機嫌いかがかな魔女殿。今日もあなたは綺麗だ。その美しいシトリンの瞳に僕を映してくれないか。ああ、本日もあなたの美しさには陰ることなく――」

「あんた、よく老婆相手に口説けるね。いっそ感心するよ」


 すっかり板についてしまった老婆の喋り方で、レティーシャは文句を言う。見た目が老婆で少女の喋り方に違和感があるので、わざとそうしているのだ。


「そうかな? 実際見た目だけじゃないか。本当の姿は可憐な少女だって知っているからね」

「……あのね、何も好き好んでこの姿になってるわけじゃないんだよ? あんたのためだからね?」

「分かっているよ。あなたが僕のために尽くしてくれているってこと」

「……」


 分かってないわ、と遠い目をするレティーシャ。


(これがアシュフィールド伯爵の跡取りで大丈夫なわけ?)


 金髪の青年の名はリオネル・クレイグ・フォン・アシュフィールド。王国の南方領地を治める、アシュフィールド伯爵家の長男だ。

 巷では「恋多き伯爵令息」「口から先に生まれた男」だの何だの呼ばれており、数多くの女性と浮き名を流してきた伯爵令息である。

 そして、今はレティーシャの店の上客でもあるのだが、彼女を口説こうとしてくるのでぞんざいに扱われているのだった。


「やっぱりあんた、呪いがかかったままでいいんじゃないかい? あんたがそのままなら、何人もの女が救われると思うんだよ」

「とんでもない! 僕がこのまま誰も愛せなくなるなんて、それこそ世界の損失さ。そうだろう、コンスタント」

「はい。そうですね。息をするなと言われるようなものです」


 リオネルの傍らに控えていた従者、コンスタントが首を勢いよく縦に振った。


「鳥が空を飛ぶように! 魚が海で泳ぐように! リオネル様が常に女性を口説いて恋愛を楽しまれるのは、ごくごく当たり前のことなんだ。だからな、魔女。早く呪いを解け!」

「分かってんだよそんなことは! 毎回毎回うるさい奴だねえ!」

「何だと!?」

「やるってのかい?」


 コンスタントは何故かレティーシャによく突っかかってくる。いつも喧嘩腰なので、レティーシャもついつい口調が荒くなってしまう。


「まあまあ、コンスタント。魔女殿は私のために頑張ってくれてるんだ。その態度はよくないよ」

「失礼しました、リオネル様」


 渋々といった様子だが、コンスタントはリオネルに従う。基本的に、リオネルの言う事なら何でも聞くのだ。


「ほら、魔女殿。僕の顔に免じて許してくれないかな」


(うわ、眩しっ!)


 リオネルの王子様然とした笑顔に当てられそうになり、レティーシャは慌てて目を反らす。鍋の中身(食欲も失せるドぎついピンク色の液体)を覗き込んで息を吐く。あのまま見続けていたら、そこらのウブな娘のように黄色い歓声をあげているところだった。


(顔だけはいいのよねえ、顔だけは)


 残念なことに、リオネルの顔はレティーシャの好みであった。


「……ねえ、魔女殿。あなたは、僕を見て何か思うところはないのかな」

「ない」


 すると、リオネルはレティーシャの顎を優しく掴み、自分の方へ向けさせた。

 レティーシャは悲鳴をあげそうになったが、寸でのところでぐっと堪える。

 真正面から見るのは駄目だ。リオネルの顔は心臓に悪い。

 ウェーブのかかった金髪、エメラルドのような瞳、すっと通った鼻筋、血色のいい唇。

 まるで絵本の中から飛び出てきた王子様のよう。これで白馬にでも跨っていたら完璧だ。


「僕はね、あなたと愛を育みたいんだ」


 レティーシャは顎を掴まれたまま、リオネルと見つめ合う。


 王子様の相手は見目麗しいお姫様と相場が決まっているものだ。しかしながらリオネルは様々な女性との噂が絶えない女好きであり、彼が口説いているのはお姫様ではなく、深い皺が刻まれた老婆であった。


 これほど絵にならない一場面もないだろう。


(本当、顔だけはいいわね……。性格に難ありだけど)


 レティーシャは溜め息をついた。


「はあ……。いい加減にしなさいな」


 目眩ましの魔法を解いた。

 瞬間、リオネルは目を見開き口元を押さえ、


「う、うおえええええええ!!!」


 嘔吐した。


「はいはい、バケツ。これに吐いてね」

「リ、リオネル様ーーーー!!」


 レティーシャは至極冷静にリオネルの介抱をする。

 慌てているのはコンスタントだけである。


「あのねえ、このやりとり何回目だと思ってるの? まあよくも飽きもせず誰でも彼でも口説いて! 反省しないなら解呪してやんないよ、このアホ。あんた、どうして自分が女性恐怖症の呪いをかけられたのか理解してる? その胸に手を当てて考えてご覧なさい!」


 リオネルからの返事はなかった。

 代わりにコンスタントが叫ぶ。


「おまっ、魔女! リオネル様の前では若い女になるなと言っただろうが!」

「だってこいつ、私が老婆の姿になっても口説いてくるのよ。だったら元の姿で対抗するに決まってるでしょう!」

「伯爵家の長男に向かってこいつ呼ばわりするな!」

「ゲロッてる男なんてこいつで十分よ!!」


 リオネルの依頼を引き受けたせいで、ここ最近レティーシャの周りは騒がしい。


 レティーシャは大金に釣られて引き受けるもんじゃなかった、と後悔している。


(でも、金額が書かれていない小切手を渡されて『好きな額を書きたまえ』と言われたら食いつくでしょう、誰だって!)


 お金に囲まれた自分を想像して、レティーシャはニヤニヤと笑みを浮かべる。


(しかもそれが前金で、依頼が成功したら更に望むもの何でもあげるって提示されたら……。へへへ……あ、いかんいかん。涎出てきた)


「魔女殿は、……お金のことを、考えている時が……、一番、輝いてるね……うっぷ」

「リオネル様、まだ喋ってはいけません。魔女、早く老婆になってくれ」

「面倒だから二人とも出てってくれる?」


 どうしてこうなった、とレティーシャは空を仰ぐ。

 話は数日――いや、数ヶ月前。レティーシャの師匠が死んでしまった日まで遡る。

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