第40話

「繋がったってまさか……」

「君は知っていたのだろう?」


 スマートフォンを僕に握らせると、道井パパいや、道井忠はそう言った。知っていたというのとは少し違う、ただ僕はどこかで杏が生きているんじゃないかとそんな気がしていただけだった。


「知っての通り、杏はアンドロイドだ」

「それはわかっている」

「色々な物にハッキング出来るのも見た事があるだろう……」

「……うん」


 ハッキングが出来るという事は何かに接続している。という事は杏自体の本体がアンドロイドの身体の中にあるとは限らないという事。


「杏はな、システムなんだ。私はただ、動ける様な身体を与えたに過ぎない」

「それなら……」

「スマートフォンを見てみるといい」


 視線を向けた先には見たこともないアプリが起動している。その中で小さなテキストエディタの様な物が自動的に何か文字を打ち始めた。


『もしかしてナルチカ?』


 僕は道井忠の顔を見る。すると彼は小さく頷いていた。


「杏……なんですか?」

「カメラに映ってやるといい」


『やっぱりナルチカだ。やっと気づいてくれたんだね?』


「カメラや音声と言った認識するための機能はスマートフォンに入っている。話す事位は出来るだろう」

「……本当に杏なんだ」

「もう、行きなさい。杏の事を考えるならもう私には合わない方がいい」

「でも、それじゃあ」

「君は私に似ているのかも知れないな……」


 そう言うと道井忠は席を立った。そもそも10分という制限時間の中では充分な内容だった。僕は杏と話す事が出来る。それだけで充分なのだと思った。


「どうだったんだ?」

「うん、話せて良かったと思う」

「だろ?」

「武明、ありがとう。高山さんにもそう伝えておいてよ」

「了解!」


 だけど僕は、杏と話せる様になった事を武明や高山さんには言わなかった。


『でもよかったの?』

「何が?」

『友達には言った方がいいんじゃなかった?』

「もう、巻き込みたくはないんだよ」

『それって……』


 多分、「似ている」と言ったのはこういう事なのかも知れない。本来なら話す事も無かっただろう友人と、好きになるとは予想も出来なかったアンドロイド。


 あの日君が転校生として来てくれたから、今の僕は有るのだと思う。ただのフィギュア好きに戻るだけ……いや、フィギュア好きの人間になったのかも知れない。


『ところでさ?』

「何?」

『私、実は電話も出来るんだけど?』

「はぁ? なんで早く言わないんだよっ」

『電話って相手の時間取っちゃうでしょ?』

「何人間みたいな事いいだしてんのさ」

『あれ? ナルチカには人間にみえているんじゃなかった?』

「杏は、杏だよ……」



♦︎



 それから何年か月日が経った。武明や旭とは大学は別になってしまったのだけど、今だに時々カラオケに行ったりする関係だ。


 僕はあれから猛勉強した。もちろん杏はいつもそばにいた。理由はどんどん旧式になるスマートフォンに、いつまでも彼女を小さな箱に、閉じ込めていたくは無かったから。


 しかし僕は在学中に意外な人に会った。


「兄ちゃん、廃材さがしてんのか?」

「……まぁ」

「学生やろ、良かったらウチでバイトせえへん? 給料は安いけど廃材やったら適当に持って行ってええで?」


 振り向くと、あの日東京で会った雅樹さんだった。あの頃僕が出会った数少ない大人な一人。


「……もしかして、古澤雅樹さん?」

「はぁ? もしかして賞金稼ぎか!?」

「いや、賞金でてるんですか?」

「いや、出てへんけど……って、派遣のヤバい兄ちゃんやん!」

「ヤバくはないですけど、お久しぶりです」


 雅樹さんはあれから独立して、リサイクルショップを始めたのだと知った。


「あん時はホンマ衝撃的でヤバい奴やと思ってたけど、ちゃんと学生になれたんやなぁ」

「もしかして厨二病だと思ってます?」

「廃材さがしてんのも変な奴やけど、治ったんちゃうんか?」

「ある意味継続中ですけどね」

「まぁ、世の中何があるかわからんからなぁ」


 昔話に花をさかせながらも、僕は雅樹さんの所でバイトしようと思った。


「バイト……しますよ」

「ホンマに? 助かるわぁ」


 廃材が手に入りやすくなるのは、僕の目的に限りなく近づいていく。人生どこで何が繋がっているのかわからないけれど、人間もアンドロイドもどこかで繋がっていたいと思っているのだと思う。


「杏……そうだろう?」


 部屋には等身大のフィギュアが置いてある。まだ中身は空っぽなのだけど、いつか彼女をこの中に入れられる様に、一緒にこの世界で過ごしていける様に僕はしたいと思っている。


「それじゃあまだ、介護が必要なレベル!」

「仕方ないだろ、杏のパパが凄すぎるんだよ」

「でもまぁ、気長に待つよ。成峻が近くにいるならそれで充分」


 誰にも気づかれず、平和に普通の生活がしたい。ただそれだけの事に、僕と杏の壁はとても大きなものだった。


「おじいちゃんになる前には完成してよ?」

「それはわからない」

「だって、普通にデートしたいしね?」

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転校生はアンドロイドなのかもしれない 竹野きの @takenoko_kinoko

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