第39話

 高山さんは形上は功労者という扱いになっていた。事実だけ見れば彼が僕らを捕まえたのだと言われれば否定は出来ない。そのせいもあってリアルを見ていない上層部からは信頼の置ける存在なのだろう。


 だけど僕は悩んでいた。高山さんが功労者になっている様に事実だけを見れば僕が杏を殺したのだと取られてもおかしくはないからだ。


 あの日、僕が杏と離れなければ。

 ちゃんと生活出来るだけの力が有れば、彼女は一人で帰る事無く安心してそばにいられたのかもしれない。もしそうなら、殺される事も無かったんだ。


 正直、恨まれていないか心配だった。娘と駆け落ちして死なせてしまった彼氏を父親は許せるのだろうか? 葛藤の中、武明と共に会いに行く事だけは決まっていた。


「よう、待たせたな。っていうかどうしたんだよ浮かない顔して?」

「うん……本当に行っていいのかな?」

「いいに決まってんだろ。お前が責められる筋合いはねぇよ」


 そう言って待ち合わせ場所に着くと、ギリギリ見覚えのある顔が笑いかけてきた。


「お疲れ様っす!」

「おお、久しぶりだなぁ。元気してたか?」

「お久しぶりです。高山さん、どこか雰囲気がかわりましたよね?」

「そうか? まぁ、出会った場所が戦場みたいな物だからな、緊張感はちがうさ」


 どこが変わったかと言われると難しい。彼が言うように緊張感によるものなのだろう。あの時とは違い、すこしガタイのいい普通のお兄さんの様にしか見えない。


「でも見張りの仕事なんですよね?」

「まぁ、一応はな。実際は変な事しない様にプレッシャーかけているだけだ」

「それより──」


 高山さんは武明と話し始める。本当に警察を目指すつもりなのか、進路の相談でもしている様だった。


「まぁ、当分は宿舎に缶詰だし、危ない仕事ではあるからなぁ。でも、説得も醍醐味だぜ?」


 武明の家の事情を考えると反対されているのかとも考えた。相談する事が出来ると言うのは彼にとってはありがたい事なのだろう。


「まぁ一応見張りと言うわけだから、会えるのは10分だけだ。それ以上はカバーできる確証はねぇからそれだけは意識しといてくれよ」


 その言葉が意外だった。最初の雰囲気では特に気にする事はないと言った反応だったのだけど、高山さんはリスクを犯して機会を作ってくれているのだ。


「分かりました」


 僕は彼の好意に緊張感を高め、話したい事を頭の中で復唱する。もしかしたらもう二度とこんな機会は無いのかも知れないと思った。


 するとカフェに見覚えのある男性が入っていくのがわかる。間違いない、道井パパだ。以前会った時の様な優しいお父さんという雰囲気は無く、哀愁みたいなものが漂っている。


「話はつけてるから、そのまま店に行って話してこい」

「二人はいかないんですか?」

「俺は高山さんと話しているからさ、これもいざという時の言い訳になるって事よ」


 僕は軽い深呼吸をしてカフェに向かう。入り口に入ってすぐのカウンターに道井パパがいる。何事もない様に隣に座るとカフェオレを一つ頼んだ。


「お久しぶりです」

「ああ、君か……」


 道井パパに元気はなく、とりあえず返事をしたという印象だ。高山さんからは話を通していると言われただけに意外だった。


「あの……すみませんでした」

「んん……私の方こそ、変な事に巻き込んでしまって申し訳ない。お互い話下手だと進まないな」


 武明みたいに話せる方じゃない。いや、そこまでのコミュニケーション能力はなくてもいいから、普通程度のスキルが欲しくなる。


「これを機に、杏の事は忘れてくれ」


 予想していなかった言葉に動揺する。普通は忘れない様に言うはずが、道井パパは忘れる様に言った。


「忘れないです……ずっと」

「君がそれでいいなら。あの子を人間にしたのは私じゃ無い、多分君だったのだろう」

「人間にですか?」

「ああ、君が杏をどう思っているのかは分からないが、あの子は君と会ってから変わった」

「僕意外で杏の事を知っていて人間だと思っている人を初めて見ました」


 武明ですら『アンドロイドの友達』という認識だったと思う。僕は人間と思っているというよりはそこに境目が無いだけと言った方が近い。


「これでも父親をしていたつもりだからね」


 僕は、今回一つだけ目的を持って来ていた。杏について聞きたい事は沢山あったのだけど、これは今後に関わる話しだ。


「あの……」

「どうかしたのかい?」

「貴方に見せたい物があって持って来ました」

「見せたい物?」

「はい……」


 そう言って僕はポケットの中3からスマートフォンを取り出し、彼に見せる事にした。


「……これは」

「杏のスマートフォンです。持っていたいのはやまやまなんですけど、返すべきかなと」


 道井パパはスマートフォンを見ると小刻みに震えながら涙を流し始めた。


「良かった……無事だったんだな……」


 僕にとっても今では唯一残っている彼女の遺品になる。しかし彼の反応からやはり返すべきなのだと心からそう思った。


「少し貸してはくれないか?」

「もちろんです、元々返すつもりでしたので」

「いや、これは君に持っていて欲しい」


 そう言ってスマートフォンを受け取ると、なにやら操作をし始める。僕自身何度も中を見た物だったのだが、普通のスマートフォンでしかないと思っていただけに夢中で何かをしている道井パパが不思議に思えてくる。


「これで杏と繋がった」


 その瞬間僕は初めてあの時杏の言っていた言葉の意味を理解した。

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