第37話
10分以上は経っただろうか。見張りがいるのが分かっている事もあり時間が長く感じる。このまま僕らは高山さんに見捨てられたのでは無いだろうかと不安が過ぎる。
「成峻……合図」
杏はそういうと、先導する様に先程の道の反対側に歩き出した。
「合図って……」
「今あったでしょ?」
すると手を叩いた様な音が鳴る。注意していないと環境音に紛れてしまう程の小さな音。
「マジかよ……」
武明も驚いて言葉を漏らす。正直杏がいなければ成り立たない作戦だったのだと痛感する。歩いて行った先にはようやく安心できる顔が待っていた。
「もう大丈夫だ。うちの奴らと合流できるぞ!」
「本当ですか!?」
「ああ、よく頑張ったな!」
「ありがとうございます……」
高山さんからは安堵の表情が感じられ、僕らはやっと保護されるのだと肩の力が抜けた。
「まぁ、それから先は大変だろうがな」
彼の言うそれから先。杏とは当分会えなくなってしまうかも知れないと言うのは覚悟していた。それでも安全な場所を確保出来ると言うのは、ようやく交渉のスタートラインに立てるのだと思った。
僕らは高山さんに連れられ、警察が待機している場所に向かう。いくつかの見覚えのある白黒の車が見えると人が集まっているのが分かる。僕は杏の手をギュッと掴み離れない様にしっかりと一歩一歩を噛み締めて歩いた。
「なっ? 俺が居たら上手くいくだろ?」
「武明……言ってろよ」
高山さんは合図を送り仲間に来る様に促す。昔ドラマで見た様な光景は僕の中で永遠に刻まれるのだと思った。
「杏、きっとすぐ会える様に頑張るから、少しの間待ってて欲しい」
「……うん、待ってる」
その瞬間、杏が急に警察の方を見ると銃声が鳴り彼女の姿が消えた。
「えっ……」
意味が分からなくなり、右手を見ると僕の肩は外れその先に杏の手がぶら下がっている。
「お前、何やってんだよぉぉおお!!!」
高山さんの怒声が響く。背後には飛ばされて倒れている杏の姿がみえた。
「杏……? なんで?」
僕より早く武明は杏の元に向かっている。早く、早く僕も向かわないと。呆然と立ち尽くす中、高山さんは取り押さえている。
「課長、何で撃ったんですか!」
「高山、落ち着け」
「落ち着けるわけないでしょ、話が違うじゃないですか!」
暴れもがく彼に、課長と呼ばれる人が叫ぶ。
「高山ぁっ。俺たちの仕事は何だ?」
「そんなもん、国民を守るに決まっているじゃないですか……」
「そうだ。なら、危険だと言われているアンドロイドから守るのが仕事だ。違うか?」
「納得出来ないですよ」
「お前はあのまま彼女が、我々に危害を加えないといいきれるのか?」
「それは……でも彼女は」
「お前の感情だけで部下を危険に晒す真似は出来んのだ……」
そんなやりとりが頭の中でリフレインする様に響いた。倒れている彼女はもう、杏ではなくただの壊れた機械の様に部品を撒き散らし転がっていた。
「杏……」
「なぁ、成峻。どうにか直せねぇのかよ」
「無理だよ」
「お前手が器用だっただろ、なんとか出来ねぇのかよ?」
「僕だってどうにかしたいよ……」
♦︎
あれから僕はされるがままに連れて行かれ警察署で取り調べを受ける事となった。正直もう話す様な事は何もないし、話したくもなかった。
けれども、小さな部屋で若い女性の警察官は気を遣っているのか優しく何度も語りかけた。
「キミはどうして彼女の家にいたのかな?」
「……彼女だったからです」
これ以上声をかけられるのが辛くなり仕方なく口を開いた。
「うん、ゆっくりでかまわないよ。彼女がアンドロイドだと言うのは知っていたの?」
「……はい」
「そっか。ならどうして……」
僕にはなぜこの人が疑問に思うのかがわからなかった。杏はアンドロイドかも知れない、けれどもただそれだけで他の人間と何も変わらない。いや、それ以上に僕にとっては大切な人だった。
「あの……ちょっといいですか?」
「は、はい。どうしたの?」
「お姉さんは彼氏とか居ますか?」
「えっと……まぁ、居るけどそれが?」
「彼氏は人間なんですよね?」
「それはそうだけど……キミはたまたま彼女がアンドロイドだったって事? それは……」
同情した様なお姉さんの表情に、僕は少しづつ怒りが膨らんでいくのを感じた。
「運が悪かったみたいな事言わないで下さい。お姉さんの彼氏は完璧ですか? だから付き合ったんですか?」
「それは完璧では無いけど、そこもね?」
「人間だからいいんですか? 僕にとって杏がアンドロイドだって事は別に欠点ですら無い。彼女の個性なんだと思ってます」
「でも……」
「お姉さんは自分が本当に人間だって言えますか?言えるとしたらその境目はどこなんですか?」
少し言い過ぎてしまったかも知れないと思う。だけど僕が、この理不尽な世界に叫びたい事だった。
「お姉さんも大人だからキミの言いたい事はわかるよ?」
「分かってないですよ。罪を犯して償えと言うなら僕は待ちます。杏は射殺される程の罪を犯したんでしょうか?」
彼女が無実だと言うつもりは無い。結果的に精神を壊してしまった事があるのを僕は知っている。
「今日はここまでにしましょう……」
お姉さんはそう言うと、無言のまま部屋を出て行ってしまった。僕もすぐに部屋を出るとすぐそばのベンチに見覚えのある顔が待っていた。
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