第36話

「私は確かに罪を犯したのかも知れない。けれどもそれは最善の選択をしただけなの」

「最善ねぇ……それで、今の状況での最善は?」

「分からない」

「そう答えるのも最善の選択か?」


 高山さんは、僕らを庇いながら杏に詰め寄る。彼の背中には汗が滲み出しているのが分かった。


「成峻くん、信じて?」

「……杏。 信じていいんだよね?」

「おい、成峻」

「うん……」


 そう言って頷いた彼女は普段の杏だ。初めて会った時とは違い無表情な様子は無く人間と区別は出来ない程感情が溢れていた。


「杏の事は僕に任せてもらえませんか?」

「いや、まあ、君がそう言うなら。だがそう言った以上、君の身に何かがあっても俺は助ける事は出来ないぞ」

「それで構いません」


 僕は杏のそばに立つと、彼女の手を握った。相変わらず少し冷たいその手は心の中を掻き乱してくる。高山さんは、それ以上は何も言う事はなくなり、武明も彼に従う様に口を噤んでいた。


「もう少しで、俺の仲間と合流できる。そこまで行けば後は保護して貰えばいい」

「はい……」


 彼と出会ったのはたまたまだったのかもしれない。だけど彼がいなければ僕らはどうなっていたか想像もつかない事になっていただろう。


 ギクシャクとした空気の中、僕は杏に何が出来るのかを考えていた。武明の性格的には彼女を許した訳では無いと思う、それでも現状をどうにかしようとして彼は感情を飲み込んだのだ。


「武明……悪い」

「何がだよ。俺は成峻を信じている、お前が彼女を庇うのならとりあえずこの状況をどうにかする事に専念するだけだ」

「そう言ってくれると助かるよ」

「だけど、思っている方向に動けるとは限らねぇから覚悟はしといた方がいいぞ」


 とりあえず高山さんの指示に従い警察に保護してもらう。だが、それは同時に杏とまた離れなければならない事を意味している。僕らにはもう、普通の高校生活を送る道は残ってはいない。


 それでも微かな望みをかけ今を乗り越えなければならない事には間違いは無いんだ。


「ちっ、不味いな。ここにも居やがる」


 裏道を抜けたはずが、先回りされていた。


「どうしたらいいですか?」

「相手は二人。見つかっているというよりは包囲している末端だろうな」


 建物に隠れ様子を伺う。彼は冷静に突破する事を考えている様だった。


「仕方ない、今から言う事を頭に叩き込んでおけ」


 そう言って高山さんは作戦を口にした。

 内容は彼が単体で見張りを引きつけるというものだ。僕らはあいつらのターゲットになっているのは間違い無いが、彼は警察の人間。見つかってもそれほど問題はないだろうという事だ。


 複雑な連携に頭がパンクしそうになる。武明に視線を送ると彼も完全に理解している訳では無さそうだ。


「どうだ、タイミングが重要なのだが出来るか?」

「あ……」

「やるしか無いっすよね?」

「ああ。ミスれば間違いなくやられるだろうな」


 彼の言葉が重くのしかかる。すると、繋いでいた手が強く握られたのがわかった。


「私が覚えている」

「杏……」


 杏の記憶力は完璧だ、それは僕が一番よくわかっている。その事を察してくれたのか彼女の言葉は不安を抑えるには充分だった。


「成峻は私の事今でも好き?」

「そんな事聞いてる場合じゃないだろ?」

「言って?」

「……そりゃあ、まぁ」

「アンドロイドでもいいんだよね?」

「それを含めて杏だと思っているけど」


 彼女は僕にスマートフォンを握らせると、ニッコリと笑いかけた。


「これは?」

「いざという時に連絡が出来る様に」

「いやいや、これを使おうよ?」

「知ってる? 私、アンドロイドなんだよ?」


 彼女の言った意味はよく分からなかった。このスマホになら直接連絡が出来るという事なのだろうか? とりあえず僕は杏のスマートフォンをポケットに押し込み高山さんが動くのを見で準備をした。


 作戦通り、僕らは二手に分かれる。まずは三人で一つ奥の道に回り、高山さんが見張りを引き付けている間に後ろを通り抜けるという物だ。


 そこまで広い道ではないとはいえ、見張りまでは10mも無い。いくら彼が注意を逸らしているとはいえ振り向かれたら終わる。


 位置についたタイミングで彼は見張りの前に出て行った。


「誰だ?」

「警察です、物騒な物は仕舞って下さい」

「警察?」

「はい、これ手帳。一応特殊部隊なんで」

「……本物の様だな」


 見張りは高山さんが出てきた場所を覗き込む。チラチラと道の奥を見ている素振りを見せると見張りの片方がそれに反応する。


「奥を見てこい」

「いや、奥にはなにもないですよ」

「それは我々が決める事だ」


 一人が路地裏に入ると、高山さんは合図する。首を掻く仕草で僕らは反対側に抜ける事になっていた。


 とてつもない緊張感の中音を立てない様、それでも出来るだけ早く道を渡る。彼のタイミングが凄いのか僕らが上手くやれているのかは分からないが見張りには気づかれずに渡れた様だ。


「ふぅ……」

「やべぇなこれ」

「奥に進んで身をかくして、彼はまた合図をくれるはず」


 杏は冷静に次の流れの準備にはいる。緊張感が無いのかあるのかよく分からなく淡々と進めていく。路地の裏を進み曲がれる場所を見つけるとその先の角で息を殺して待つ事にした。

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