第35話
「私はきっと誰かの代わりに作られたんです」
そう言った杏は、どこか悲しそうにも小さな希望を見ている様にも見えた。
「漫画や映画じゃ良くある話だろ。娘を亡くした父が生き返らせるつもりで作ったって話は。だから杏は記憶が無いフリをして元の杏を探してたんじゃねぇのか?」
「そうしていた事もありました。だけど、本当は知っていたんです。私はただの兵器でしか無いって事が分かってたんです」
「おいおい物騒だな、逮捕しちまうぞ?」
杏はそう言うと、僕にそっと触れた。
「杏……? 兵器って、君にそんな物はある様には見えない」
「そうね。銃だとか爆弾があるわけじゃない、それならとっくに壊されて終わっているもの」
「じゃあなんだって言うんだよ」
「成峻くん。一番怖い兵器ってなんだと思う?」
杏は落ち着いた声でそう尋ねた。
怖い兵器。
「大量破壊兵器、たとえば核とかかな?」
「そうね。だけどそれは、実際に使うことは出来ないと言ってもいいと思うし、今となってはどこの国も持っている物だと思うの」
確かにそうだ。
核兵器自体が出て来たのは、僕が生まれるずっと前の話。物理的に最強の武器かも知れないが、そんなリスクのある物を本当に使うなんて余程追い込まれない限りは無いだろう。
「まぁ、現代の社会では実用的ではないわな。正直要人を暗殺する様な物の方が俺達には脅威にかんじるぜ」
高山さんが言う様に、ピンポイントで狙える方が国……というか、国を動かす奴等にとっては怖いのだろう。
「なら、そう言う所に突撃する様な物なのかよ?」
「確かにそれならアンドロイドは無敵だわな。熟練の特殊部隊を作るには金も時間も掛かる」
しかし杏は小さく首を振った。
「元々兵器を作るつもりだったのなら、そう言った形もあったのかも知れない。だけど私はあくまで世界を良くするAIの研究として作られていたの」
「じゃあどうして兵器なんだよ」
「元々のAIと言うのはね、ビッグデータの中からより正解に近い物を選択する形で出来ている為、一定の分野では人間を超える事は出来ないの」
「最適化ではなく読解や発想力が今後人に求められていると言う話だな」
データからの判断ではなく感情に合わせた新しい物を生み出す力が弱いと言う事だろうか。
「人間が一番嫌がる事。責任を取る事や、忖度なしで判断が出来る物が有ればいい。そうパパは考え、新しい方式でのAIの研究をしていたの」
「なるほど、AIの政治利用か。だがエビデンスがなさすぎて今の仕組みではそんな物は通らんだろう」
「だから、パパのして来た事は一部の人以外からは莫大な予算をかけただのAIを作った無能とされたわ」
それで杏は人として暮らす道を選んだのか。それならなぜ、今更兵器として追い回されなきゃいけないんだ。
「だけど、今までの機械とは全く違う方式で作られた私は、人として感情やコンセプトを理解し機会としてビッグデータも扱える事からありとあらゆる暗号化に対応出来る様になったの。つまりはどこからでも機械をハッキング出来ると言う事」
「それはヤベェな……」
「でも、それだけじゃない。ありとあらゆる電気信号を解析出来るという事は……」
「まさか、人間も?」
この時初めて僕は事の重大さを理解した。インターネットで世界中が繋がっている中、そこに入り込めると言う危険性と、さらには人でさえハッキング出来てしまうと言うリスク。もしかしたら既に僕は杏にハッキングされているかも知れないとすら考えてしまう。
「ちょっと待てよ。道井さん、その人へのハッキングもしかして使ったのか?」
武明は杏の前に立つと、今にも爆発しそうなキレ口調でそう言った。その言葉に杏は小さく頷くと彼は杏の胸ぐらを掴み叫んだ。
「お前何やったかわかってんのか!」
「おい。キレてる場合じゃねぇぞ」
高山さんが武明の腕を掴み、押さえ込んでいるのがわかる。
「武明、杏だって実験に利用されていただけなんだ。今は怒っている時じゃ無い!」
「成峻、お前わかってんのか……綾香さんはこいつに殺されたんだよっ!」
「えっ……まさか。記憶を弄ったってその時?」
「違う、私は殺していない。だけど……転校前に記憶を消そうとして壊してしまったのは私。綾香には何もしていないと誓うわ」
綾香さんから聞いた話で、以前通っていた学校で同級生が意識不明になったと聞いていた。多分それが杏が記憶を消そうとした為だった事だと繋がって行くのがわかる。
なら綾香さんは?
彼女は本当にただの事故だったのだろうか?
それまでの杏の話から僕は、信じ切る事が出来なかった。実際に殺したのは事故でも、そのきっかけにはなったんじゃないかと考えてしまう。
「対して変わんねーよ。友達じゃなけりゃ弄っていいのか? 違うだろ。俺は何よりお前の意思でしていた事の方に戦慄している。だがしかし、どう捕まえりゃいいかわかんねーし、その二人より俺は消される可能性が高い。どうだ? 反論はできるか?」
高山さんはそう言うと、腕で庇う様に警戒しているのがわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます