第32話

 武明が中に入ると何やら彼は悶えている様な声を出した。


(武明、声出しちゃダメだって)

(わーってるよ、でもなんだよコレ)


 スペースが空いてた様に見えたクローゼットには、何かがあったのだろうか?


 だが、足音は少し違和感を感じさせるリズムで、少しづつこちらに迫ってきている。最悪バレたら飛び出して体当たりだ。だが、訓練された人にそんな事が通じるだろうか?


 いや、武明も居る。彼の運動神経ならそれでもきっとどうにかしてくれる筈だ。


 ドアのノブが動く音がする。

 鍵が開いていた事で警戒しているのか?


 中に入るのが見えると小さ目の足が少し見えた。


 女の子?

 そう気づいた瞬間、迷う事無くクローゼットの前に立つ。まずい、武明が見つかる。


 だが、女の子なら……

 開かれると同時に僕はベッドの下から擦り出る様にして、彼女を捕らえようとした。


「……武明くん? どうして?」

「ど、どうも……」


 聞き覚えのある声。

 杏の声だ。


 僕は、ベッドの下から立ち上がるとその姿に、固まってしまった。


「杏……」

「成峻、」

「どうしたんだよ、フラフラじゃないか!」


 彼女の目は虚で、立っているのがやっとという様子。明らかに何かがおかしい。


「体調でも悪いのか?」


 そう尋ねると、杏は首を振り、武明が飛び出る様にクローゼットから出てきた。


「俺もう無理! この中ヤバいって!」

「そこ、私の……」


 彼女が入ったのを見て、僕らは理解した。ここは杏の充電スペースだ。いやいや、それより充電式だったのか?


「ごめんなさい、時間が無いの……」


 話したい気持ちはあったものの、あまりにも深刻な雰囲気に僕は何も言えなくなった。ゆっくりと彼女は中に入ると、クローゼットを内側から閉め一言も話さなくなった。


「どうする?」

「どうするも何も待つしかないんじゃないかな」

「俺、なんだかんだで理解したつもりだったけど、杏ちゃんマジでロボットだったんだな……」


 確かに。僕も彼女の背中を治すまでは、半信半疑だった。それ以上に、彼女はそんなリスクを負ってまでついて来てくれていたのだと知り、申し訳ない気持ちになる。


「普通に生活してる様に見えたんだけどなぁ」


 考えてみれば、ご飯も普通に食べていたし形だけかも知れないけどトイレにだって行っていた様に思う。それに……彼女の身体はまるで人間の様にしか思えなかった。


 ただ、杏がいるからと言って安全なわけじゃない。いつまた組織の奴らが来るのかはわからない。


「充電ってどれくらいするんだろう?」

「一時間くらい?」

「いやいや、スマホじゃねぇんだから」

「学校に通ってたりしたから普通に寝るくらいの時間では完了するとは思うけど……」


 不安の中、杏を置いていく訳にもいかず僕らは待つ事にした。


 ほんの数時間。

 普段何気なく過ごしていたなら、あっという間に過ぎてしまうだろう。だけど、いつ組織が来るのか、さらには終わるか分からない不安がまるで審判を待つかの様に長く感じた。


 痺れを切らした武明が口を開く。


「なぁ、後どれくらいだ?」

「わからない。普段なら一晩以内には完了してると思うけど……」


 僕は知らないうちに、彼女に無理をさせていた。一言位は言ってくれても良かったのに。


「成峻も知らなかったのか?」

「何が?」

「充電の事、」

「うん」

「杏ちゃんは知られたく無かったのかもな」


 僕がもし、アンドロイドだったなら杏と同じように思っただろうか?

 多分今、少しだけ彼女の気持ちがわかる様な気がするのは、杏や武明、旭が居たからなのだろう。


 もし以前の僕なら、この世界を恨まずにはいられなかったと思う。


「武明……」

「ん?」

「ありがとう」

「なんだよ急に、そんなフラグ立てんじゃねぇよ」

「でも、言っておきたいと思ったんだ」


 あの日、道井杏が転校して来てから僕の世界は変わった。もちろん杏がきっかけなのだけど、それでも武明はいつも僕を助けてくれた。


 今だってそうだ。


「どうも俺たちが揃うと、安心はおどずれないらしいぜ?」

「どういう事?」


 そう言うと、武明立ち上がり指を口に当て耳を澄ませ始めた。


「もし、組織の奴なら逃げられないよな」

「杏を置いては行けないよ」

「なら、ちょっと頑張りますか」


 ガチャガチャと言う鍵を開ける音。武明は扉を開け、台所の方に移動する。作戦は何も聞いていない。だけど逃げる事が出来ない以上、倒すかつかまえるかして時間を稼ぐしかないのは分かった。


 カチャッと鍵が開く。

 ドアが開き、中に誰かが入ってくる。


 武明はきっと、背後から捕まえる気なのだろう。部屋からは音で気配を感じるものの直接見れない以上姿が見えない。


 相手がまた、銃を持っていたら。

 いや、そうでなくても運動神経がいい位の武明で捕まえる事など出来るのだろうか?


 するとリビングの方から金属音が響き、ほぼ同時に男の呻き声が聞こえ咄嗟に僕は飛び出した。


「うあぁぁぁぁあ!」


 するとフライパンの様なものが落ちる音がし、倒している筈の武明がスーツの男に馬乗りに近い体制でもがいているのが見えた。


「成峻、膝を使え!」


 そう叫ぶと、武明は直ぐに殴られる。言われた通り膝蹴りで思いっきりぶつかった。


「くっ、こっちにも居やがったか」


 体制を崩した男に、もう一度入れる。

 ひ弱な僕でも、多少はダメージが与えられている様だ。よし、このままならいける!


 武明も動ける様になったのか、一緒に男を攻撃し抑える事が出来る筈だった。


 だが、スルリと抜けると顔面と腹に一発づつ痛みが走る。息が出来なくなり、口の中は暖かい鉄のあじが涎の様に沸き出てくるのが分かった。


 痛い……

 くそっ、動かない……


 力が入らなくなり僕は膝を付いた。


「一体なんなんだよ、お前らはアレがなんなのか分かっているのかっ!」


 武明もやられたのか、立ち上がる事が出来ない様に見える。


「なんだっていいんだよ、クラスメイトがわけわかんねぇ事に巻き込まれてたら助けるだろ」

「なるほど、学校の奴らか。事情わわかったけど、ちょっと大人しくしといて貰うからな」


 そこまで聞こえると、僕は意識が遠のいていくのがわかった。

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