第33話

 目を覚ますと人の気配があった。

 一つは多分武明のもの。良かった、どうやら殺されたりはしていない様だ。次第に、意識がはっきりとして来た所で身体の節々が痛むのが分かり拘束されている事に気づく。


「ううっ……」

「起きたか?」


 聞き覚えのない声。

 いや、落ちる直前に聞こえた声と同じだ。

 男は立ち上がり、目の前まで来ると僕を覗き込んで困った様な顔をした。


「お前らはなんでここにいる? どうやって中に入った?」

「どうして、杏を狙うんですか?」

「聞いているのは俺だ。質問で返すんじゃねぇ」


 年は二十代後半くらいか。理由を聞いてくると言う事は組織の人なのか、それともまた別の何かなのだろうか。


「彼女の家なんで……」

「彼女?」

「道井杏は僕の彼女です」


 すると男は目を見開き、再び僕を覗き込んだ。


「杏……アリスの事か。となると、もう一人が言っている様にクラスメイトで間違いは無さそうだな」


 すると、小さな声で武明の声がした。


「だから言ってるじゃねぇかよ」

「いや。信じてない訳じゃない、ただアリスを狙う奴は色々居るからな」


 反応を見るに、敵では無いのか?

 だからと言って味方という訳では無さそうだ。現にまだ、クローゼットの中の杏に気づいている様子が無い。


「俺は高山。一応は警察になるのか? まぁ、かと言って表だって動いている訳じゃ無い」

「どういう事ですか?」

「お前らが思っているよりは百倍はヤバい事に首突っ込んだと思っとけよ」


 そう言って高山と名乗る男は、僕の腕と足を縛っている縄の様なものを解いた。


「はぁ……面倒くせぇ事になっちまったなぁ」

「あの、武明も解いてくれませんか?」

「ああ、別に解いていいぜ?」


 僕は固く縛られた武明の縄を解いてみる。あっさりと解いていたのが嘘の様に固い。


「道井忠、お前の彼女? の父親が捕まったのは知っているな?」

「はい。ニュースで見ました」

「あの人が原因で今こうなっている訳だが、ちょっとお前ら俺に協力する気はないか?」

「協力って何を?」

「お前の彼女、道井忠の娘がどうやら鍵を握っているみたいなんだ」


 高山は彼女がアンドロイドだという事を知らないのか? だけど、迂闊に彼女の事を話す訳には行かない。この男が何をしようとしているのか情報を聞き出して、内容次第で話してみようか。


「杏に何を聞く気なんですか?」

「あんまり話したらダメなんだがな。協力するなら話さなくちゃ行けねぇな」

「……分かりました。杏に危害を加えない内容なら協力します」


 僕は一つ賭けに出た。

 高山は知らないだけで、多分探しているのは【杏自身】なのだろう。約束を守るのかは分からないが、先に約束しておけばそれを知っても手出しはしにくい筈だ。


 正直なところ、それくらいしか僕には杏を守る術は思い付かなかった。


「元々娘に危害を加えるつもりはねぇよ」

「約束出来ますか?」

「まぁ、状況が状況だ気持ちは分かる。だが、約束したとしてお前は信用できるのか?」


 そんなもの出来る筈はない。だけどそれに縋るしか方法はない。


「じゃあ、信用させて下さいよ」

「俺はここまで正体を明かしているんだ。信用させるべきなのはお前の方じゃ無いのか?」


 高山が言う事は一理ある。彼自身これ以上明かせる事は無いだろうし、一般人に明かす必要も無い。僕は武明に視線を送り覚悟を決めた。


「分かりました。だけど今から見せる物の反応次第では僕は貴方の敵になるかも知れません」

「おいおい、物騒だな。何を見せるつもりかは知らねーが、断った所で何も進まねーからな。それでいい」


 ゆっくりと杏の部屋に案内する。出来る事なら先送りにしたい様な事だが、高山が言う様に見せない事には今の状況から変わる事は無い。


「クローゼットか……一応調べている筈なんだがなぁ」

「その時は特に無かったからですよ」

「なるほど。お前らはそれを戻しに来たって訳か」

「いや、たまたま戻って来たんです」

「は?」

「まぁ、見てもらえればわかりますよ」


 そう言って僕はクローゼットを開けた。


「おいおい、これは生きてるんだろうな?」

「もちろん。ただ、彼女はアンドロイドです」

「マジかよ……」


 高山はその場で立ち尽くした。特殊な職業である彼は今まで色々なものを見てきたのだろう。だけどそのどれよりも理解しづらい物に違いないのだと僕は感じた。


「なるほど、お前らの同級生自体が対象だったって事か。確かにこれは言えねぇな」

「高山さんはどうするつもりですか?」

「上手く嵌めたな。まさか娘と対象が同じだったとは予想外だ。だが、約束は約束だ。俺は危害を加えない様に動いてやるさ」


 彼の言葉に僕はホッとした。仮にもプロが味方になるならそれ以上に心強い事は無い。


「それで、この子はいつ動くんだよ?」

「分かりません。ただ充電が始まってから結構時間は経っているのでそう長くはないかと」

「ふむ。それじゃあ俺は先に準備でもしとくか」


 そう言ってスマートフォンを取り出し、何やらアプリを立ち上げている様だ。


「何をするつもりなんです?」

「部屋を開けといてもらうんだよ。一応、お前ら三人は保護対象としてな」

「保護って……ありがとうございます!」


 これでやっと、安心出来る。警察の管轄であれば組織の奴らも簡単には襲っては来ないだろう。杏さえ目覚めてしまえばもう心配は入らない。



 だが、しばらくして杏が目覚める前なは外から大きな音が響く。


「高山さん……今のは?」

「心配すんなって、一応ここは警察の捜査対象だからそう簡単にはこねぇ筈だ」


「そうでもないと思いますよ。あの時俺等の前に現れた奴等はその程度で下がる様には見えなかった」


 武明は立ち上がる。彼が言う様にあの日僕らが見た組織の奴等は手段を選ぶ様には見えなかった。ただ無駄に動きはしない、警察に従っていたのは彼等にメリットが無かったからに違いない。


「お前らがそこまで言うなら」


 高山は鞄の中からアクリル板を取り出すと僕らに渡した。


「腹に入れとけ、銃は無理でもナイフくらいならそれでどうにかなるだろ」


 言われた通りに僕と武明はそのアクリル板で覆う様にズボンの内側に挟んだ。


「成峻……どうしたの?」


 僕はその聞き覚えのある声に振り向かずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る