第24話
結果的には正解だった。
プライバシーに配慮された造りは人と会わずに泊まる事が出来る。それにスマートフォンの充電やシャワーなど、広くは無いものの充分な設備だ。
一つ問題なのは、事前に飲み物やご飯を買っておけばよかったという事。一度入ると買い出しには出づらい。一応頼む事は出来るみたいだが、コスパが悪いのは今の僕等には深刻な問題だ。
「いいホテルだね」
「コスパがいいのはありがたいよ」
荷物を置きベッドに座る。当たり前なのだけど大きなベッドが一つしかない。なんとも言えない緊張感を僕は感じていた。
「先にシャワーをあびてきたら?」
このセリフを高校生のうちに言うとは思わなかった。もちろん、野宿からの経緯を考えての事なのだから下心は無い。無いと思う。
彼女は恥ずかしそうに、服を脱ぎ始める。
「ちょちょちょ、脱衣所あるから!」
「違うの」
「違うって何が?」
「背中、見て貰いたくて」
そうだ。
杏がアンドロイドだったのと、あまりにも自然に振る舞っていたものだから気がつかなかった。彼女はあの時、僕を庇って銃で撃たれたんだ。いくらアンドロイドとは言え、装甲車の様な頑丈さがあるとは思えない。
「ごめん……気付かなくて」
そう言うと、杏は背中を向け服を脱ぎ始めた。緊張感が漂う中、現れた白い肌には以前綾香さんが言っていた大きな傷跡と小さな穴の様なものがあった。
「傷、酷いでしょ?」
どちらを指しているのかは分からないが、両方ともかなりのダメージがありそうに見える。
「痛くはないの?」
「うん。少し違和感がある位」
僕はそっとその穴に触れる。例えるならなにかが埋め込まれた様にも見える穴だ。
「これってもしかして……ちょっとそのまま待ってもらえる?」
「うん」
僕は鞄の中からプラモデル用の工具袋をだし、ラジオペンチをそこに入れた。思った通り、そこには比較的小さな弾丸が埋まっていた。
「痛くないの?」
「痛いとかは無いかな。だけど、少し恥ずかしいかも……」
人に体内を見られる事なんてそうそう無い。だからと言う訳では無いがあまり恥ずかしいと言う気持ちは分からない。ただ、裂けた様な部分から繊維状の物が見え隠れしておりその穴は僕を不安な気持ちにさせた。
でも、アンドロイドなのに傷跡をつける必要はあるのだろうか? 僧帽筋の辺りのケロイドの様な質感をしている部分を作る理由が分からなかった。
そもそも、これは何で出来ているのだろう?
弾丸を机の上に置き、僕はどうにかしてその穴を塞げないものかと考えた。理由は簡単で、このままだとお風呂に入れないだろうと思ったからだ。
鞄の中には接着剤やパテも入っている。だが彼女の身体はフィギュアでは無い。人工の皮膚は1cm近く厚さが有る、接着剤で上手く着けれは修復可能では無いかと考えた。
「杏、穴を塞ぐけどいいかな?」
「大丈夫なの?」
「多分……防水くらいは出来ると思う」
「今のままよりはいいって事だよね。私は成峻を信じるよ」
柔らかい素材の裂け目の修復というのは、思った以上に難しい。とりあえず杏には横になってもらいそれから施術する事にした。
冷静に観察すると彼女の皮膚の完成度は物凄く高い。じっくり見てみないと分からない程度に産毛の様なものさえある。弾丸のサイズ的にも威力的にも殺す目的の物では無い様に思えて来る。
殺傷能力より、無音で動きを封じる事に特化していたのだろう。だが、何度シミュレーションしてみても固定をする事ができそうも無い。防水出来なければ目的は果たせない事になる。
人間だったら縫い合わせてガーゼを貼るのだけど……。
いや、別にアンドロイドだからと言って縫ってはいけない事はない。あくまで接着剤を固定する為に縫い合わせるのはありなんじゃ無いか。
僕は早速フロントに電話をかけると、ソーイングセットを借りる事が出来た。
慎重にヘラで接着剤を塗り、針と糸で重なる部分がズレない様に縫い合わせる。出来るだけテンションをかけない様にし、そのまま時間を置いた。
案の定、速乾性の接着剤はすぐにくっついたものの、しこりの様な形で硬さは少し残ってしまう。動いたりしたら離れてしまうか?
そう考えた僕は、糸を外した後で塗装用のマスキングテープを貼った。
「これで大丈夫だと思う。念のためテープも貼っているからあまりシャワーは当てないようにして?」
「ありがとう、水は入って来ないと思う」
彼女は背中を触ると少し頷き、身体を起こした。
「ちょちょちょ、見えてるよ!」
杏は咄嗟に手で胸を隠す。僕はTシャツを渡してシャワーを浴びて来る様に促した。彼女は胸も精巧に作られている様で、日常生活をしているだけなら本当にバレる事は無かっただろうと思った。
一仕事を終え、集中が途切れた僕は放心状態になっていた。これから先、不安な事は沢山ある。なるべく考え無い様にしているもののふと考えてしまう。
シャワーの音がやけにリアルで、待っている僕は本来なら緊張感しかないのだろう。だけど、不安な気持ちが大きすぎてその状況ですらどちらにドキドキしているのかが分からなかった。
ガチャンという音と共に、タオル姿の道井杏が現れた。滴る水が彼女を何倍にも魅力的にさせる。表情はいつもと変わらないはずなのに、どこか寂しそうで、それでいて力強くも見えた。
僕はゆっくりと彼女に近づくと、ギュッとその身体を抱きしめていた。
「成峻……」
「今だけでいい。今だけ、こうしていてもいいかな?」
近づいても全く鼓動のしない彼女の身体が、僕に残酷な現実を突きつけている。だけど、彼女はそっと手を回すと僕の頭を優しく撫でた。
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