第25話

 僕は気づかないうちに疲労していたのだろう。目を覚ました時には自宅のベッドではない事に驚き、昨日の出来事が夢では無かったのだと気づく。


 だけど、隣で眠る杏の姿は普通の女の子にしか見えなくて、居た堪れない気持ちが現実に引き戻してくれた。


 僕は、杏を抱いた。

 好きだからしたかったというのもあるけど、それ以上に彼女を一人の女の子として実感したかったのだと思う。


 別にアンドロイドでも良かったはずなのに。


「……おはよ」

「おはよう」


 窓から差し込む光は、今日の始まりを告げる様に彼女の寝起き姿を綺麗に照らしていた。


 洗面所にある歯ブラシを使い、歯を磨く。もちろん杏も並んでいる。こうしていると夜を過ごした普通のカップルの様に見える。


 本当なら普通のカップルでいたい。

 うがいをした後、彼女が尋ねた。


「今日はどうするの?」

「何かお金を得る方法を探したいと思うんだけど」

「そうだね、私も探してみるよ」


 このままタイムリミットまで、杏と恋人生活を送りたいと思っていたが、少しでも長くいる為には必要なのだと覚悟を決める。


 僕らは支度をした後、ホテルから出ると駅前のコインロッカーに武明のスポーツバッグと僕の通学用の鞄を入れておく事にした。


 ファーストフード店で朝食を買うと、店内でスマートフォンを開く。充電が出来ることもありここで目星を付けていく事にした。


「とりあえずは直ぐにお金を得れる事をしないと」

「何かあるの?」

「一応派遣とか、年齢的に出来るかわからないけど……」


 一応は17歳。世の中では働いている人は沢山いるはずだ。安易な考えなのかも知れないけれど、どうにかなると思っている。


「私も働くよ? 女の子の方が色々と方法はあるだろうし……」

「パパ活みたいなのはさせられないよ」

「他にもあるよ、バイトだとそれなりに」


 連絡先はスマートフォンがあるからいいとして、住所の問題や身分証の問題もある。とりあえず探してみると個人経営や住み込みなどは可能そうではあった。泊まっていたホテルをとりあえず現住所としても住民票を移していない人も多くあまり気にされない事もあるらしい。


「とりあえず手当たり次第行こうかな」


 杏と離れる事は心配なのだけど、現実問題そうも言ってられないのかも知れない。


 検索で出てきた所に連絡をして、今の僕でも働けるのかを尋ねていった。だが、現実は難しく面接にさえ辿り着かない。一方で杏はあっさりと面接を受ける事になった。


「面接行けるって」

「本当に? どんな所?」

「結構時給高そうなカフェなんだけど、とりあえず今日のお昼に面接で来てくれって!」

「そうなんだ……」


 接客業なら、杏はすぐに受かるだろう。僕は自分の不甲斐無さに落ち込む。杏が面接に向かうまでの間もひたらすら検索と連絡をくり返した。


 だが、連絡をして断られる度に心が折れそうになる。別に仕事を選んでいるつもりはないのだけど、僕でも出来そうな仕事はことごとく無理だった。


 あのホテルに泊まり続け、節約をしたとして精々二週間も持たない。それまでに何かしらお金を作る方法を生み出さないとそこで終わってしまう。


 考えれば考えるほど焦り、余計に上手くいかなくなっている様にも思える。


「私がなんとかするよ」

「そんな事言わせてしまってごめん」

「気にしないで、成峻は私の為に頑張ってくれているんだから!」


 そう言って杏が面接に向かうのを見送った後、僕は公園に座り武明に連絡をしてみる事にした。彼なら何か方法を知っているかも知れないと微かな希望を寄せた。


「東京には着いたみたいだけど、上手くやっているか?」


 武明には、着いた事は伝えていた。仕事が見つからない事を告げると、


「東京に知り合いが居ない事は無いけど、広い上に仕事を斡旋とかは無理だなぁ」

「そうだよね……」

「あとよ、まだ詳しくはわからねぇけどお前らを探っている奴が居るみたいなんだ」

「そんな、」

「心配すんなって、東京に行った事は俺と旭以外はしらねーから」

「それでも、気にはなるかな」


 武明は、落ち着いた口調になると

「悪いな。大した力になれなくて」

「いや、充分だよ。服も貰ったし、色々としてくれているのは痛いほど分かっている」

「そう言ってくれるとありがたいけどな。まぁ、本気でヤバくなったら俺も東京に行くから直ぐに連絡してこいよ?」

「うん、ありがとう」


 武明は、いざと言う時は本気で来てくれるだろう。多分今も、僕にこの状況を打破出来ると信じてくれている。その事が何よりも心の支えになっていた。


「よし、頑張って探そう!」


 僕はそう言って、杏が面接から帰って来るまでに何かしらの成果を残そうと意気込んだ。


「──そこをなんとか!」

「雇いたいのはやまやまなのですが、もう人がいっぱいで、こちらとしても難しいのですよ」

「そうですか……」


 唯一感触の良かった所も、人がいっぱいだった様で断られてしまった。もしかしたら同じ様に探している人がそこに集まっているのかも知れない。となるとサイトで条件が合いそうな所はどこも満員なのかも知れない。


 どうすれば……。


「お兄ちゃん、仕事さがしてるんか?」


 電話を切った所で、視線を感じていたおじさんが声をかけてくる。怪しいとは思っていたもののあの組織の人間では無さそうだ。


「はい……」

「日払いがええんか? その年やと色々難しいやろ?」


 何か企んでいる様には見えない。だが、足元を見られる訳にも行かないと思い警戒する様に言葉を選んだ。


「そうですね。ちょっと事情がありまして」

「まぁ、その辺は聞かんといたるわ。選ばへんのやったら日払いの仕事紹介したろか?」

「本当ですか?」


 公園で話しかけて来るくらいには怪しい。だが、僕にはそれに縋るくらいしか出来なかった。


「日当一万五千円、わしの取り分五千でどうや?」

「五千円も取るんですか?」

「世の中もっと取ってても教えん所もある。これくらい払う前提なら信用もできるやろ? これは金を介した取引や」


 彼の言うことは一理ある。ボッタクリかも知れないが1万有ればどうにか出来ると思い、やむ終えず話を聞いてみる事にした。

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