第23話
僕らは都会を目指した。
なるべくなら人気の無い田舎がよかったのだけど、彼女の見た目と武明が入れてくれた帽子を被せたもののアッシュ色の髪が目立ちすぎるからだ。
節約の為各駅電車と、急行を乗り継いだものの東京までは時間がかかる。だが、生憎僕らには時間があった。
財布の中には一万円と少し。杏もご飯代程度に数千円は持っている。銀行でお金を下ろせばフィギュア代に貯めていたお金が数万円あるだろう。
それだけではそんなに長くは逃げられないと理解している。日が登り明るくなっていく電車の中で僕はなるべく彼女と楽しい時間を過ごしたいと思った。
「杏は東京に行った事はある?」
「あっても覚えていないかも」
僕はもう、なんとなく気づいていた。彼女には記憶がないんじゃ無くて、中学生以前が無いのだという事を。
「東京はさ、人が沢山いるんだ。それも数えきれない程の色々な人が居る」
「アンドロイドも居るのかな?」
「うん……多分。きっと紛れて普通に生活しているはずだよ」
僕はギュッと彼女の手を握る。
「一応ね、パパにはメールしておいた」
「連絡したの?」
「うん、心配かけてもいけないし」
一瞬、道井パパも組織側の人間なのではと考えたが、それならとっくに彼女を渡しているだろうと思い飲み込む。
「それで、返事は来たの?」
「ううん。来てない、でもパパは忙しいから時々こんな事はあるんだ」
もし、道井パパが組織を裏切って彼女を隠していたのだとしたら。そんな不安が頭を過ぎる。だけどこれは彼女には言わなくていい事だ。
「杏は普段どんな生活してたの?」
「どんな? 普通だと思うけど」
「家では自分の部屋で過ごしているとか、勉強しているとか……」
「本は読むけど、あんまり勉強はしないかな」
「それであの成績なのかよ」
「ちゃんと教科書を読めば難しくはないよ」
最先端の機械なんだからそれくらいは余裕なのかも知れない。人間離れした様な彼女は本当に人間から離れていた。
「……でもね、わからない事もあるんだよ」
「なんとなくそれは分かるよ」
「成峻くんのおかげで、色々分かる様になったんだけどね」
「武明や旭もだろ?」
「きっかけをくれたのは君だよ。最初にロボットだって言われた時は驚いたけど、それでも君は何にも変わらなかった」
「僕も人付き合いは苦手だからね」
「ああ、だから私?」
ブラックジョークにしてはかなりパンチの効いた返しだけど、完全に否定出来ない所が悲しい。
「なんていうか、道井杏だから」
「どういう事?」
「君が人間でも、ロボットでも、宇宙人や妖怪だったとしても僕は好きになったと思う」
「可愛いから?」
「それもあるけど、ただ学校の隅で時間を潰していただけの僕を引きずり出してくれたり、思い出や君の事を考えていた時間は杏にしかないんだよ」
彼女は難しい顔をしたものの少し頷くと、窓の外をぼんやりと眺めた。
「なんとなく記憶が特別というのは、私にも分かる気がする」
口にした彼女は、アンドロイドというよりはただの人付き合いが苦手な女の子にしか見えなくて、人付き合いが苦手な人がアンドロイドに近いのかよく分からなくなって自分自身が不完全な人間にも思えてくる。
だけど、それを補い合って行く事もある意味人間らしくもあり、やっぱり僕には偏見でしかないのだと思ってしまう。
「そろそろお腹空かない?」
昨日のファミレスから何も食べていない僕は、乗り換えのタイミングで駅の中にあるコンビニでおにぎりとお茶を買った。
ふとスマートフォンを見ると親のメールと、武明からのメールが届いているのが見えた。充電も残りわずか、僕は武明に「大丈夫、ありがとう」とだけ送るとスマートフォンの電源を落とした。
昼間の電車は意外にも同じくらいの年の人がちらほらと見える。中学生くらいの子達は学校へ行かなくていいのだろうかと考えてしまう。だけど、それと同時に僕らが浮かない事にホッとしている自分がいた。
電車に乗る人が多くなって来た頃に、ようやく東京に着く事ができた。なんとなく、目的を果たした様な達成感と無心で付いてくる杏の手がここからなのだと言っている様な気がした。
「人、多いね」
「うん。ここならすぐには見つからないと思うんだよね」
「ここからどうしようか?」
「とりあえず、泊まる所を見つけないといけないかな……昨日みたいに野宿するわけにもいかないし」
移動中考えていたのはネットカフェに泊まるというもの。ネカフェ難民という言葉があるくらいだから泊まっている人は多いのだと思う。
だが、予想に反して都会のネットカフェが高い事を知る。地元だと十二時間のパックで二千円位の所があるのだけど、何件か見て回った所は八時間までしか無い上に、同じくらいの値段がする。
一人ならそれでも安いのだけど、延長した時に二人だとかなりの痛い出費になってしまう。
「仕方ないと思うよ?」
「いや、きっともう少し安い所がある筈だよ」
手持ちは少ない、収入の目星が付くまではなんとか凌がないといけない。
「カプセルホテルならもっと安いかも?」
以前ネットで見た事があった。だが、ホテルが多い通り沿いにもそれらしき物は見当たらない。僕はスマートフォンの電源を入れ検索しようとすると杏が何かを見つけた様だった。
「このホテル、二人で5千円だって」
「いや、一人の金額じゃない?」
近づいてみると確かに彼女がいう様に二人で五千円と書いてある。建物もしっかりした造りの上、会員になれば明日の十一時までその価格のままで泊まれるとの事。
「でもこれ……ラブホテルじゃない?」
「どういう事?」
「えっと、恋人同士が愛し合う所?」
「それなら条件はクリアしている筈だよ?」
「えっ……」
「付き合うって恋人になるって事だよね?」
それはそうなのだけど、色々と心の準備がある。
「節約するならここしかないよ」
杏に押され、僕は挙動不審になりながら二人で中に入る事にした。
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