第19話

 事務所に隠れ一時間が経った。

 それでも、おじさんが居る事もあり武明と話したい事がほとんど話せていない。


「もうすぐ八時になるか……」


 おじさんも気まずくなっているのか時計や当たり障りのない物を呟き始めた。本当に安全なのかという不安と緊張感。警察からの連絡を待ち、スマートフォンを眺めている武明。


 まるで災害からの避難民の様な終わりの見えない感覚が襲う。


「数日このままだったらどうしよう」

「日本の警察だぜ? 流石にそれは無いだろ」


 だが、武明からはいつもの様な自信は感じられなかった。理由はなんとなく理解している。


「成峻、お前ももしかしてニュース探してるか?」

「やっぱり武明も? 掲示板やSNSも探してみてるんだけど……」


 おじさんは少し戸惑い「ニュースがどうかしたんかの?」と尋ねた。


「無いんです。どこにもこの情報が」

「一時間も経っているのに無いのはおかしいよな」

「情報規制が敷かれとるんじゃないかえ?」

「テレビやニュースはそうかも知れません。だけど、一般の情報でも流れないっていうのは……」



「みんな殺されたんじゃ無いよな?」



 武明は、僕があえて言わなかった事を口にした。おじさんは疑心暗鬼だが、現場に居た僕らには正直それしか考えられない。すると、事務所の扉をノックする音が聞こえた。


 鍵はしてもらっている。

 おじさんを止め、僕は武明と恐る恐る入り口に近づいた。


「警察です、安否確認に来ました。誰かおられますか?」


 安心した表情を浮かべた武明を僕は後ろから歯がいじめにする。


「んっ!」

「しっ。大きな声を出さないで」

「なんだよ、警察だろ?」

「ちょっと待って。武明、警察にここの住所言ったんだよね?」

「ああ……」

「なら、安否確認っておかしくない? 名前を知らないはずはないから日比野は言うと思うんだ」


 僕はおじさんの方を向く。


「おじさん、裏口とかないですか?」

「どうしたんかい? 警察なら……」

「多分偽物です」


 するとおじさんは驚いた様に黙る。すぐに状況を察したのか窓を指さした。


「そこの窓から裏には出られる」

「いきましょう!」


 大きめの窓。外はすっかり暗くなっており、ビルの裏側は明かりが当たる所以外は真っ暗でほとんど見えない。順番に降り窓をそっと閉めた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、だが本当に偽物なのかい?」

「念には念です。本当の警察なら、裏口から逃げても問題ありません」


 警察が来たという事は、もう解決しているという事。逃げ出したとしても、本物なら理由を説明すればどうにでも成るはずだ。


「出来ればこのまま駅まで行きたいな……」


 ビルの裏道をなるべく音を立てない様にして歩く。そこまで大きな町じゃない、すぐに大通りに抜ける。終わりが見えた瞬間、武明は立ち止まり腕で僕の身体を止める。


「俺がみてくる。おじさんと成峻はここで待っていてくれよ」


 そう言って彼はゆっくりと進み、道路が見える所で立ち止まると壁に身体を合わせる様に確認しようとした。風の音しかしない場所に、微かなバイブレーションの音がする。


 武明はポケットに手を突っ込みそれを消した。


「マジかよ……」


 そう彼が呟いた様な気がすると、手を振って僕たちを呼ぶ。安全な道に着いたのかとその場所に着くと僕は目を疑った。


「これ、どういう事?」

「どうしたんだい? 何かあったのかい?」


 その目の前に広がっていたのは、静けさとは無縁の様な普段通りの街だ。


「何も無かったって事?」

「そんなはずはないだろ」


 するともう一度武明のスマートフォンが鳴る。武明はすぐにその電話に出ると旭の大きな声がこちらまで聞こえてきた。


「武明、どこ行ってたの?」

「どこって、事件に巻き込まれてさ。旭は無事なのか?」

「無事もなにも、電話しても全然出ないし変なメールは急にくるし……」

「は? メール、今届いたのかよ?」

「さっきね、やっと繋がったと思ったらすぐに切られた」


 声の様子からも、旭は怒っている。武明を心配しての事なのだろうけど、勢いが止まらない。それを遮るように落ち着いた声で武明は言った。


「良かった、旭は無事だったんだな」


 緊張が途切れたのかその場で崩れる武明。周りを見渡してもテロなどあったのかという様に普段通りに人が行き交っている。


 扉を叩いた警察は、本物だったのか?

 本当に事件の解決を知らせに来たのか?


 僕はまだ、この状況を受け入れてはいない。警戒しながらも、おじさんにお礼を言って武明と帰る事にした。


 考えながら歩く僕に、痺れを切らしたのか話しかけてくる。


「まだ何かあるのかよ? とりあえずみんな無事だったなら良かったじゃねーか?」

「確かにあの時、銃声を聞いた。武明が警察に電話をかけた時も問い合わせが来ていたと言っていた。どう考えてもおかしいと思わない?」

「まあなぁ。だけど俺たちにはどうする事もできないだろ? わざわざ無理はしなくていい──」


 それも一理ある。

 そして彼は何より僕をそこに巻き込ませたくはないのだろう。旭を心配した彼は守る事を最優先に考えているのだと思った。


「わかったよ。今日はとりあえず帰ろう」

「難しい事はまた、学校で考えようぜ?」

「そうだね」


 僕らはそう言って帰路についた。


 ただ、友達を巻き込みたくないのは僕も同じだ。武明の様に手を出さないというのが、賢い守り方なのだと思う。だけどそれじゃ、納得出来なかった。


 駅のコインロッカーに、鞄を入れる。プラモデル用の道具をいくつか持っていこうと思ったものの相手は武装している。仮に生身でも見つかれば終わりだろうと財布とスマートフォン以外は置いておいた。


 ただ一度、あの場所がどうなっているかだけ確認したかった。

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