第18話
「旭とはさ、小学校の時から同じなんだよ」
「それは聞いた事あるけど」
「まあ、そんなに大きな小学校じゃなかったから同じクラスにもなんどもなっててそれなりには話す仲ではあったんだけど、所詮は男女ってかんじで遊んだりはしていなかった──」
武明が行っていた小学校は一学年二クラス。少子化の現在、珍しくもなんともない小学校だ。
だけど、その頃の武明はサッカーをやっていて本人曰くもっとピリピリしていたのだという。
「まぁ、なんていうか俺んち一人っ子の母子家庭だからさ。その事が理由でサッカーが下手と思われたく無かったんだよ」
そう言えば最近、片親だと言っていたのを思い出す。
「なんか意外」
「なにが?」
「武明ってもっとポジティブな思考で動いてそうだったから」
「今はそうかもな……小学生だぞ、結構多感なじきなんだよ」
考えてみれば当たり前の事だった。みんな何かしらのコンプレックスは持っている。それでも彼と会ってからの数ヶ月、僕はそれを見ようとしていなかっただけなのかも知れない。
「まぁ、それもあって結構上手かったんだよ」
「急に自慢?」
「ちげーよ。でもまぁ、周りにはそう見えていたんだろうな」
当時を思い出しているのか、彼はため息をついた。
「それで、中学になって俺はスパイクを隠されたり、パスもらえなかったり、まぁ嫌がらせだよな」
「そんな……」
「監督にもチームワークを乱す奴のレッテルを貼られるし散々だったよ」
「それはおかしいよ」
「まぁ、おかしいんだよ。ただ、周りだけじゃなく俺自身もおかしくなってたんだよ」
武明は小さく呟く。
「まぁ、その時にめげずに声をかけてくれたのが旭だった。でも、俺はそれを鬱陶しく思っててそのせいで迷惑かけたりもして……」
僕が思っていたよりも、武明と旭には色々あって今に繋がっているのだと思う。僕はクラスメイトの目線だけで彼らを決めつけていたのだと申し訳ない気持ちになっていた。
「だからって訳じゃないけど、今お前は一人になったらいけないんだよ。鬱陶しく思われてもいい、そのうちそれで良かったって思うはずだから」
別世界の住人は意外にもこんなに近くに居た。僕はそれをただ面白がっているのだと心のどこかで思っていた事に、恥ずかしいのか悔しいのかよくわからなくなっていた。
武明はそれをいつも通りの優しい表情で、「成峻は仕方ないなぁ」とでも言ってそうなくらいの顔で僕がもう一度帰ってくるのを待ってくれている。
「武明……ごめん」
そう口にすると、どこかで大きな破裂音の様な音が鳴るのがわかった。
「なんだろ今の?」
「結構大きな音だったよね」
多分そこまでは離れていない。音がした方向は少し明るくなっているのがわかる。武明と目を合わしその方向に向かってみる事にした。
「よくニュースであるお店が爆発したとか、そういう奴じゃねえのか?」
「多分、だけどなんか気にならない?」
近づいていくにつれ、逃げて来たのかみに来たのかはわからないが人がポツポツと集まっているのが分かる。
「結構酷そうだな……」
「うん」
目の前に広がっていたのは、小さなビルに何かが衝突した様な悲惨な状況だ。だが、不思議と恐怖感は無く、目の前の景色はどこか他人事の様にも見えた。
「事故かな?」
「まぁ、車でも突っ込んだんじゃないか?」
それは武明も同じ様な思っているのだと思う。すると本来なら消防車やパトカー、救急車と言った緊急車両がくるはずの中、重厚な黒い車が三台。装甲があるが自衛隊とも少し違う様に見える。
「やべぇな。大事じゃねぇか」
武明がそう言った瞬間、中から武装した特殊部隊の様な人が何人か出てくる。
「武明! 逃げよう!」
「ちょっと、なんでだよ」
アニメや漫画の見過ぎだっていい。だけどこれは間違い無くテロだと思う。反射的に逃げる僕に付いてくる武明。その瞬間、自動小銃の様な連続して響く銃声が響いた。
建物の影に隠れると、息を切らしている。
「嘘だろ……成峻、なんで急に」
「嫌な予感がしたんだ。このまま遠くに逃げよう」
「それしかねぇな」
事件なのか、テロなのかはわからない。だけどなす術がない僕らはなるべく遠くに逃げるしかない。
「なんなんだよ、ここはただの市街地だぞ?」
「僕だってわからないよ」
「あれ、銃声だよな?」
「特殊部隊みたいな人もいたし、何かしらの玉は撃っていると思う」
「近くに居た人は大丈夫なのかよ?」
「そんなのわかる訳ないだろ!」
武明が動揺しているのもわかる。彼にきつく当たった所で意味はないのだけど、気を遣えるほどの余裕は僕には無かった。
普通の生活の、友達と帰っているだけのはずの普通の日常。そのはずだったのに、一瞬にして物騒な世界に飛ばされた様だ。
「成峻。とりあえず警察に行くか? 多分このまま離れていけば危なくは無いと思う」
「うん。ただ、周りに仲間が居ないかは確認しながら行った方がいいと思う」
「そうだな!」
僕らは建物で身を隠しながら警察署を目指す。建物の中からは様子を伺うひとや、出てくる人がちらほらと見えた。
「中に入ってた方がいいっすよ!」
武明は中から出てきた人にそう言った。
「武明! 一般人とは限らないんだよ?」
「でも現場を見に行ったりしたら危ねぇだろ!」
すると、声をかけたおじさんは不思議そうな顔をする。
「変な音がしたけど、何か有ったのかい?」
「裏通りでテロかなんかよくわからない集団がいるんです、落ち着くまで出ない方がいいと思います」
「うへぇ、そりゃ危ないな。君たちはにげてきたんかい?」
「はい……警察署に行こうかと」
「それならとりあえず、うちの中に入って電話すればいい」
おじさんの言葉にハッとする。武明と一緒に中に入ると武明は警察に電話をかけた。
「一応は鉄骨のビルだから中に居れば安心だろう」
「すみません、ありがとうございます」
建物の中は、何かはわからないが小さな事務所だった。周りを見渡すと古い事務机と端の方には衝立で仕切られた来客用のソファーが小さなガラステーブルをはさんでいる。
「しばらくはここに居るといい。それにしてもなんだってこんな町に……」
おじさんは困ったような顔をして、コップに水を二つ入れてくれた。武明の電話はすぐに終わった様で僕の居るところに戻ってきた。
「結構同じ様な電話が来ているみたいだな。しばらくは安全な所に居てくれとの事だったよ」
「そりゃ本当か? それが本当ならかなり深刻なのかもしれんな」
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