第17話
「武明、悪い冗談はやめてよ」
「気持ちはわかるが、嘘じゃないんだ」
彼の表情からも嘘を言っているわけではないのがわかる。そもそもそんな嘘を吐くメリットは全くない。
だが、心当たりがないわけじゃない。昨日、あのあと送ったお礼のメールに返事がなかった。僕自身こまめに返事をするタイプでは無いから、返事をする内容では無いと気にはしていなかった。
じゃあどのタイミングで?
頭のなかがグルグルと回る。別れた後すぐになのか、家に帰る途中でなのか。いや、事故でとは武明は言っていない。突然死的なものもありえなくはない。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん」
「それでさ、昨日お前会いに行ってたんだろ?」
「うん。行ってきた」
「電話の奴がさ、お前に会いに行くみたいな事を言ってたから……」
武明には話しておいた方がいいと思い、僕は昨日の綾香さんに会いに行った流れを話した。
「まぁ、俺が嫌ってたから一人で行ってた訳か。でもそんな事があったんだな」
「その後すぐに道井さんとたまたま会ったんだよ」
「たまたま会ったって、街に行ってたんだろ?」
「そう、パパさんがプラモデル屋で買い物するとかで来てたらしいんだけど」
自分で言っていても違和感がある。そんなにタイミング良く現れる物なのだろうか? きっと武明は口には出してはいないものの少しは思ったに違いない。
「そうか……」
不安なのか葛藤なのか彼は小さく呟いた。
「綾香さんとの事は、俺とお前の秘密だ。誰にもいうなよ」
武明は何かを不信に思っている。それが道井杏なのか、また別の物なのかはわからなかった。まだ何か隠している様な彼は死因や時間を知っているのだと思った。
席に戻ると旭が興味深々に聞いてくる。普段どおりのテンションで返す武明はくだらない冗談で返していた。もし、事件なのだとしたら僕も道井杏や旭を巻き込みたくは無い。だけど僕には彼に合わせる事が精一杯の出来る事だった。
僕は、このまま何も無かったかの様に過ごしていてもいいのだろうか。武明が言っていた言葉は、あまりにもリアリティが無く、あれから返事はないままなのだけど、ふとした瞬間にまた綾香さんからのメールが届く様な気がした。
今まで僕は、一人で過ごす事の方が多かった。
その時は、決まってこう思っていた。
『一人でいる方が楽だから……』
面倒な絡みをしてくる奴も、冷やかしたりフィギュアを作っている事を馬鹿にする奴もいらない。
だからそんな風に、人間嫌いを装っては人と距離を置き、ただただ自分の殻に閉じこもっては言い訳の様にそう言った。
だけど、道井杏と出会ってから、武明や旭と遊ぶ様になってからは次第にそんな風には思わなくなっていった。どんな事も笑って受け入れてくれる武明や、なんとも言えない魅力を持った旭。
それに、いつも心を掻き乱してくる道井杏。
面倒くさいと思った事もあるけど、多分僕はその面倒くささが好きだった。そのおかげで、初めは抵抗のあった綾香さんとも……。
だけどもう、綾香さんは居ない。
こんな感情が生まれるのなら、出会わなければよかった。そうしたら、彼女は死ぬ事だって無かったのかもしれない。
彼女は僕が──。
「成峻くん、どうしたの?」
気がつくと、僕は机の上の教科書を眺めたまま涙が止まらなくなっていた。
綾香さんの事に道井杏が関わっているとは思えない。あの日彼女はただお父さんと買い物に来ていただけだ。
「なんでもない」
「でも、何かあるんでしょ?」
感情移入とか、悔しいとかそんなんじゃない。ただただ綾香さんがもう居ないというのが悲しくて、でもどうする事も出来なくて、行き場の無くなった感情が溢れているような気がした。
彼女と会ったのはたった二回。
それでも、僕にとっては大切な時間だった。
初めて僕は、意図的に道井杏の言葉にそれ以上返事をしようとは思わなかった。
また、振り出し。
いやむしろマイナスだ。
放課後、僕の事を気にしているのか道井杏は、帰る支度をしない自分の隣にしばらく何も言わずに座っていた。そのまま日が傾き始めると諦めたのか、彼女は席を立った。
小さな足音が少しづつ離れていく。
もしかしたら返事を待っていたのかも知れない。
それでも僕は家に帰る気力も残っていなかった。
日が沈み、教室の明かりの方が明るくなった頃、校舎内の音はほとんどしなくなっていた。鞄を持つと普段気にもしていなかった重さが腕に食い込むような感触。とぼとぼと歩き校舎を出た。
校門を出ようとすると、少し怠そうな声がした。
「ったく。おせーよ」
「……武明、なんで?」
「しばらく一人になりたいんだと思った。俺もそんな気分だったし、成峻は仲良かった分余計にそう思ってんだろ?」
黙ったまま、下を向く。
武明とだってこんな気分で話したくはない。
「一人にさせねぇよ。一緒に帰るぞ」
「だけど僕は」
「だけどなんだよ。まさか自分のせいとか思っているんじゃないだろうな?」
本当にリア充と付き合うのは疲れる。
こんな時でさえ、一人にはさせてくれないのだから……。
「原因は探しに行かないよ」
「ったく。そんな事一言も言ってないだろ?」
武明は僕に付いてくる様に歩きだす。
諦めてそのまま歩いていると、無言に耐えられなかったのか話しかけてくる。
「まぁ……悪かったな」
「なんで武明が謝っているのさ」
「いや、まあ。俺が紹介した訳だし」
「あれは僕が気にしてたから」
「そんな事はわかってるよ。だけど、そのせいで落ち込んでんだろ?」
理由はただそれだけ。
彼を校門の前で何時間も待たせた理由はそれだけなのに、それをあっさりと受け入れた。
「一人になりたい時ってあるけどさ、俺はそんな時程一人で居たらいけないと思うんだよ」
「意味がわからない」
「俺もそんな時期あったし。旭がしつこいくらいに来なかったら多分抜け出せなかった」
武明は、それから旭と出会った時の事を話し始めた。
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