第16話
あの日から僕の生活はどこか暗闇が晴れた様な気分だった。道井杏の事を少しだけわかったと思ったからだ。
彼女には、まだ僕には言えない事があるのだろう。多分彼女は高校生になる前に事故に遭い、大きな怪我を負った。それと同時に大切な記憶だけじゃなく感情の大部分を失ってしまったのだ。
その事を彼女は気にしていて、気丈に振る舞っているのだとしたら僕は共に歩みたいと思った。そう、僕の彼女への気持ちに障害がなくなったのだ。
「おはよ!」
「どうしたんだよ、いつもより元気いいな」
「なんとなくね、武明も旭とは仲直りできたの?」
「ったりめぇだろ? なんか迷惑かけて悪かったな……」
「別にいいよ。武明にはいつも助けられているし」
「やっぱり今日変だな?」
心なしか、教室の中もいつもより明るく感じる。外が晴れているというのもあるのだけど、それだけじゃ無い様な気がした。
そのせいもあってアッシュ色の髪がいつもより明るく見える。道井杏は今日も完成度の高いフォルムで隣の席に座っていた。
「道井さん!」
「おはよ成峻くん!」
振り向いた彼女の顔が美しく僕をドキドキさせている。昨日までとは何もかもが変わった様にみえ、自分が見てきた物がいかに固定概念に縛られていたのかと気付く。
「昨日パパがちょっと楽しそうだったよ。夢中になって話してる君が若い頃を思い出す様だって」
「おじさんの時代は今より理解はされていなかっただろうからね」
フィギュアが好きというのは今でこそ一般的に、芸術的な面でも多少は理解される様になってはいる。だが、昔はそれこそオタクの代名詞でもあり、それこそ蔑まされている時代もあったらしい。
そのせいもあってか、道井パパには随分と気に入って貰えた様子で、彼女もそれとなく喜んでいる様だった。
昼休み、道井杏が明るくなったためか四人での昼食も以前の雰囲気以上に距離が近くなった様な気がする。武明と旭もそれにつられたのか少しずつ元に戻っている様に見えた。
「成峻、道井パパにあったんだよね?」
「うん。昨日街でたまたま会ったんだよ」
「じゃあパパも公認なわけだ?」
「公認って、まぁ趣味の合う人ではあったけど」
旭も聞いたのか、その事に興味がある様だ。武明も口にはしないものの頷きながら聞いている。
「それで、道井パパはどんな人だったの?」
「大人な感じはありつつ気さくな人だったよ?」
「やっぱり杏に似ててイケメンなわけ?」
「男前だと思うけど」
確かに雰囲気はある人だったのだけど、道井杏が似ているかと言われるとあまり似てはいない。彼女はお母さん似なのだろうと思う。
「道井さんのお母さんってやっぱり似てるの?」
「お母さんは……」
「あ、ごめん」
彼女の返事に僕は悟る。もしかしたら彼女の遭った事故とも関係があるかもしれないと過ぎったからだ。だが、すかさず武明がフォローした。
「俺んち、離婚して母子家庭なんだよね。もしかして杏ちゃんもそんな感じ?」
「うん、パパと二人」
「色々大変だよなぁ。まぁ、その分と言ったら変だけど感謝する様にはなるよな」
彼女が、おじさんの事を好きなのもそのせいかも知れないと武明の話を聞いて思った。確かに彼の家に遊びに行った時は人の気配がしなかった。もしかしたら普段から帰りが遅いのかもしれない。
色々大変だと言った彼には僕が予想できない様な事も沢山あったのだろうと思う。武明はタイミングを見ていたのかそのまま話を切り出した。
「あのさぁ。話は変わるんだけど、初めての映画あんな事にしてしまって悪かったな……」
「武明、それはあたしが」
「旭はいいんだよ。きっかけがどうであれ空気を壊したのは俺だ。なんていうか、ちゃんと言っておかないと行けないと思ったんだ」
正直なところ、もう済んだ話だと思っていた。武明に感じていた違和感はこの事だったのだと理解した。
「別に気にしてないよ。あの事があったお陰で旭とも気楽に話せる様になったし、道井さんも何か思い出す事が出来たと思うんだ」
「それならいいんだけど、あのままだと今後ちゃんと腹割って話せないと思ったんだよ」
僕自身、ギクシャクしたままの武明は嫌だったし、どうにか出来ないかと思っていた。
それからつられる様に旭に道井さん、僕もお互い気にしていた部分を謝った。
「成峻……今なんて?」
「えっ? だから、旭の事可愛いと思っちゃってごめんなさいと言ったのだけど?」
「それなんか俺が嫉妬しているみてーじゃん!」
「いや、現にしてたでしょ!」
お互い冗談なのはわかっている。なんというか、暗黙の了解という奴だ。だけど、僕はそんなプロレスの様な言い合いが出来る事にずっと憧れていたのだと思う。
そして、このまま楽しい高校生活を送っていけたらいいと心の底から思ったんだ。
「おっ? 悪りぃな、友達から電話かかってきたからちょっと出てくるわ」
何気ない様子で席を立つ武明。
少し離れて電話を始めるとさっきまで笑っていた表情が曇っていくのがわかった。
「マジかよ……ちょっとツレにも聞いてみるわ」
そう言って電話を切ると僕の方を見る。
「成峻、ちょっと来てくれないか?」
「どうしたの?」
「男同士の話だよ」
僕に向けてというだけでなく、女子二人にも聞こえる様に言うあたりが武明らしい。彼の方に歩いて行くと教室をでたすぐそばの廊下で立ち止まった。
「ちょっと覚悟して聞いてくれるか?」
真剣な彼の表情に嫌な予感がする。ゆっくりと口を開いた言葉に周りの音が消えるのを感じた。
「綾香さんが、死んだって……」
作りかけのプラモデルを完成間近で壊される様な理不尽な運命の悪戯に僕は何も言葉を出せなかった。
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