第13話

 僕は耳を疑った。

 クラス一。いや、学年トップクラスの人気者に告白される日が来るとは思っていなかった。


 仲は悪くない。

 だけど、僕の中では友達の友達。


 一番驚いているのはその友達の武明かも知れない。


「なんだよ。そう言う事かよ……一緒に応援するって言ってたのに」

「武明、違うって。旭は本心じゃないと思う」

「もういいよ……気付いたらお前ら名前で呼び合っているもんな。とんだ当て馬だよ……」


 武明は、今まで見たこともない様な悲しい顔をすると「じゃあな」と言って振り返る事無く歩き出した。その言葉に前みたいにもう一度会う様なニュアンスは全く感じず、慌てて武明を追いかけようとするとギュッと腕を掴まれる。


「ねぇ、返事聞いてないんだけど?」

「旭、ふざけるのもいい加減にしてよ。武明と話せなくなってもいいのかよ?」


 旭はその場に泣き崩れて行く。僕は道井杏に後を頼み武明を追いかけた。


 歩いていた彼にすぐに追いついたものの、なんで声を掛ければいいか分からず少し後ろで減速する。僕は勇気を出して声をかけた。


「武明!」

「なんだよ……」


 振り向きかけた彼の顔は泣いているのか、こちらを見ようとはしない。


「信じたわけじゃないよね?」

「旭を? 逆だよ、信じない訳がないんだよ。成峻は杏ちゃんが好きなんだろうけど、あいつもいい奴だから見てやってくれよ」


 武明は再び歩き出す。

 羨ましく思えていた背中はそこには無かった。


「じゃあ、武明はどうなんだよ? 嘘ついてないって、それで終わりにしていいの?」


 振り向くと同時に彼は僕の胸ぐらを掴む。


「俺にどうしろって言うんだよ。もういいからマジでほっといてくれ、お前まで嫌いにさせないでくれよ……」


 怒りに溢れたその気迫に僕は圧倒されてしまった。優しい武明が悲しむんじゃ無く怒っている理由が僕には理解できなかった。


 足に力が入らなくなった僕はその場にヘタリと座り込み、武明がエレベーターの先に消えて行くのをただただ見ている事しかできなかった。


 しばらくして、心が折れた僕は置いてけぼりにしていた道井杏の元に戻る。旭はあれからずっと泣いていた様子でそれを落ち着いた表情で見ている道井さんが少し不気味な様にも見えた。


 元はと言えば、道井杏があんな事を言わなければこんな事にはならなかった。あの時、素直になれない二人の背中を押そうとしたのかも知れないがそれは間違いなく悪手だった。そのせいで旭は反射的に僕の事が好きだと言ってしまったのだ。


「道井さん、なんであんな事を言ったの?」


 頭の中で綾香さんが怖いと言っていたのを思い出す。意図的にそうしたのか? 彼女が振り向くとそっと口を開いた。


「恋を知りたかったから」

「それで旭や武明を傷つけても平気なの?」

「旭さんは武明くんの事が好きなはずだったのだけど?」


 彼女に悪気はないのだろうか?

 それに旭も、咄嗟に誤魔化したにしては悪意のある嘘だと思う。


「何にも知らないくせに……」

「旭?」

「あんたのせいでめちゃくちゃだよ」

「私のせいじゃない。旭さんが武明にちゃんと言わなかったからこうなったの。彼に好きってつたえていたらこうはならなかった」


 道井杏の言う事は間違ってはいない。だけどそれは正論であって、スラスラと言えるものじゃない。


「じゃああんたはなんで私が好きって言った時に言わなかったの? 成峻の事好きだよね?」

「私は……」

「ほら、言えないじゃん。同じだよ。それともあたしなんかには負けないって思った?」


 あれは旭なりの道井杏への逆襲だったのか?


「旭さんが彼を好きなのなら、その方がいい。私は欠陥品だから……」

「何それ嫌味? 本当笑えないんだけど。杏がこう言ってるから成峻付き合おう?」

「なんでそうなるんだよ……」

「こんな事言い出してるのに、杏の方がいいの?」

「旭、落ち着けって!」

「あんたフィギュアすきだもんね、杏はリアルなフィギュアみたいだしその方がいいよね」

「旭!」


 僕はそう言って、旭のうでを掴む。勝手に強いと思っていた彼女の腕は細く身体も小さいと感じ、そのまま預ける様に顔を胸の方に埋めた。


「成峻、どうしよう……」


 小さく呟いた彼女が可愛らしく思えた。


「まだ、大丈夫だよ」

「無理だよ。武明はこういうのは嫌いだから」

「そうかな? 旭なら特別に許してくれると思うんだけど」


 少し落ち着いたのか、旭は離れ顔を上げた。泣いていたせいか、メイクが崩れているのがわかる。彼女はそれに気づいたのだろう。


「酷いなら酷いって言えば?」

「いや、可愛いと思う」


 不覚にも僕はそう言って笑った旭を可愛らしく思ってしまった。


「なにそれ、ひっどいお世辞」

「お世辞じゃないよ」


 すると、道井杏がまた口を挟んだ。


「分かった、分かったよ成峻くん」

「またいきなりどうしたの?」

「宿題の答え!」

「宿題って……成峻、杏は大丈夫なの?」

「至って通常運転だと思うけど?」


 驚いた顔をする旭を気にする事なく、道井杏は嬉しそうに言った。


「感動と恋は【罪悪感】の裏返しなんだよ! だから、旭に成峻はあげられない」

「よくわからないけど、成峻が好きって事?」

「旭も好きだよ? でも、成峻とは付き合って欲しくない……これじゃだめかな?」


 心なしか、感情を思い出す度に道井杏の性格が変わっていっている様な気がした。本当に、彼女は記憶を失っているだけなのだろうか。綾香さんの言う様に本当はもっと怖い何かなんじゃないかと胸の中がざわついているのが分かった。

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