第14話

 映画に行った日から変わった事があった。

 一つは武明が旭を許したと言う事。いや、正確には形だけ戻ったと言うのが正しいのかも知れない。彼等は少しだけぎこちなくなった様に思う。


 もう一つは、道井杏の雰囲気が変わった。以前の彼女とは違い明らかに雰囲気が柔らかくなった。


「おはよ!」

「道井さん、おはよ」


 以前なら無機質に感じていた彼女の笑顔は自然に、どこか可愛らしさを含んでいる。僕は彼女のそれを記憶が戻り始めているのだと信じようとした。


 だが、悪い事ばかりではない。あの一件から旭とは距離が近づいた様に思う。以前なら友達の友達と言った様な関係だったのだけど今はお互いが友達として認識していると思う。


「成峻〜今日も暗いんじゃないの?」

「僕はいつもどおり、旭が明るすぎるんだよ」

「あはは! よろしいよろしい!」


 背中をバシバシと叩き去っていく。普通の男子なら美少女がこの距離感で来られたらイチコロだ。


「最近、旭さんと仲良いね」

「まぁ、彼女のキャラが分かってきたからね」

「私は?」

「道井さんは一生分かる気がしないよ」

「もう、意地悪になってる!」


 旭を真似ているのか、表情豊かな道井杏にはなんとも言えない違和感があった。少しづつ僕は彼女の事が分からなくなっているのかも知れない。


 この日学校が終わると僕は再び綾香さんに会おうと思った。日々変わっていく気がしている道井杏の事を少しでも知りたいと思ったからだ。


 連絡すると、たまたま隣町に用事があるとの事で、そこで合流する事になる。あれからまだ二週間も経っていないうちに相談するのは少し気が引ける。


 百貨店の前で待っていると綾香さんの声がした。


「待った?」

「買い物……だったんですか?」

「友達のプレゼントにね、だから丁度良かったよ」


 紙袋を片手に彼女はそう言って近くの少しおしゃれなカフェに入った。慣れない雰囲気にキョロキョロとしながらも席に着く。


「それで、あの子また何かやらかしたの?」

「何というか、まぁ──」


 僕は綾香さんに映画館での事と、その後の道井杏の変化について話した。彼女は頷きながら静かにそれを聞く。


「なるほどね……特に事件があった訳ではないけど、あの子の変化が気になるってわけね。それで私もなんとなく納得した」

「納得?」

「そう。こないだ君たちが来た時に言っていた印象とうちに居た時の印象が違ったからね。武明くんが怒ったのはアレが友達してたからでしょ?」


 綾香さんの言葉には、道井杏に対してどこか棘が有る様に感じた。多分、まだ僕らが聞いていない事が有るのだとそれだけでなんとなく察した。


「それで、君はどうするの? そのまま友達ごっこを続けてあの子を見守りたいの?」

「正直わからないです。彼女の事は好きだったんですけど、時々何を考えているのか分からなくて」

「そっか……なら、君には話しておいた方が良さそうね。多分、もう嘘だとは思わないだろうし」


 そう言うと彼女は、店員が持ってきたコーヒーを一口口に含んだ。僕もつられるように飲む。


「アレはうちにいる時に事件を起こしているの」

「事件……ですか?」

「そう。正直思い出すのも怖いのだけど。そうそう、君はあの子とセックスはした?」

「し、してる訳ないじゃないですか! なんでそんな事を急に聞くんですか?」


 綾香さんの急な振りに動揺する。


「映画の話を聞くに付き合ったと思ったのだけど、そうでは無いみたいね」

「付き合っていたとしても早すぎるでしょ?」

「そうでもないわよ? 事前やほぼ同時に経験する方が多い位なんだから」


 そうなのかと、興味がない訳では無い僕はその事についても聞きたい気持ちはあった。


「なら、彼女の背中見てないか……」

「背中? 何か有るんですか?」

「まぁ、うちらは女子校だから着替えとか一緒な訳だけど道井はみんなが出てから着替えるわけ」

「うちは女子更衣室に行くのでその辺りは知らないですね……」

「ある日、忘れ物をした子が直前に戻ったのだけどその時に道井が着替えているのを見たの」


 まるで怪談話をするかの様に綾香さんは前のめりになりながら話す。彼女の顔が僕に近づく度ドキドキしてくる。


「そしたらね……背中に縫い目があったんだって」

「ちょっと、綾香さん! わかりました!」

「ええ? 怖くない?」

「道井杏の記憶の理由、それですよ」

「そうなの、彼女はアンド……」

「事故ですね。それも結構酷い事故、その時の傷跡を見られたく無いから隠れてたんですよ」


 綾香さんはアンドロイドだと言おうとしていた。僕自身彼女の事をそう疑っていたからある意味待っていた答えなのだけど僕の考えは違う。


 彼女がアンドロイドなのだとしたら現代の表の技術では出来ない代物なのだ。動きだけじゃ無く肌の質感から爪に至るまで人間と同じように作られている。そんな技術を持った製作者が背中に傷跡なぞ残すだろうか?


「なるほどね、そう考える事もできるわね」

「記憶はやっぱり後遺症だったんだ」


 しかし、綾香さんはゆっくりと首を振る。


「私自身見た訳じゃないから、どんな風になっているかはわからないけど、見た本人は自信を持って道井をロボットだと言ってたわ」

「その彼女に詳しく聞けないんですか?」


 綾香さんは顔を曇らせた。


「彼女は、今も意識不明なの……」

「は? なんで?」

「事故よ。彼女が道井をロボットだと言い始めてからそんなに日は経って居なかったわ」


 そうなると話は変わってくる。

 綾香さんの言っている事が本当なら、その子は道井杏に消されたと噂されてもおかしくない。


「そんな……事故って」

「それから誰も近づかなくなっていっなの」


 彼女の言葉に嘘は感じられない。友達が今も病院で治療を受けている恨みと、そんな状況になってしまったとう悔しさがある様だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る