第12話
初めての女の子へのプレゼントに、多脚戦車のキーホルダーはおかしいのかも知れない。だけど本人が「かわいい」と言うのならいいんじゃないかと思う。
もちろん道井杏は本人がオススメしていただけに喜び、持っていたバッグにすぐに付けてくれた。
「あれ? 早速何か買ったの?」
旭が戻って来ると、すぐにキーホルダーに気がついた。道井杏にも同じ物が付いているのを確認するとため息を吐く。
「成峻、あんたの好きな物が好きとは限らないんだからね?」
「いや、誤解だって。選んだのは道井さんで……」
すると旭は道井杏と目を合わし、見られた道井さんはコクリと頷いた。
「なんだ、結構宜しくやってんじゃん?」
ニヤニヤしながらそう言うと、僕等のチケットを出し手渡した。だけど、少しだけ寂しそうな顔をしたのは武明には貰えなかったからかも知れない。
「おーい、片方持ってくれよ!」
「ごめん武明、」
片手づつトレーを持つ彼が、慎重に歩いて来るのが見えた。僕は慌てて道井杏にチケットを渡し、急いで駆け寄りトレーを受けとった。
「結構重いね、」
「ドリンクが中々来るんだよなぁ」
「ポップコーンもデカイ」
「その方が得なんだよ!」
合流すると、映画館の中に入った。人気の映画というだけあって、既にかなりの人が入っているのがわかる。
「じゃあ、また後で!」
「えっ、席隣じゃないの?」
「連番で四人は取れなかったの!」
道井杏は迷う事無く席に向かった。だが、「ここだね」と言って彼女が止まった場所は。
おいおい、嘘だろ……。
目の前にはゆったりとした二人掛けのソファーが一つ。さあどうぞといわんばかりにずっしりと構えている。
「この例だけちがうね」
彼女はボソっと呟く。僕は武明を探すと少し後ろの席で二人でニヤニヤしているのがわかった。
つまりはハメられたのだ。
本来の予定なら僕等が武明達のサポートをするはずが、経験値の違いなのだろう。彼等は最初からそのつもりだったのだ。
仕方なく僕は机にポップコーンとドリンクを置く。大きなポップコーンが一つなのも計算されている様に思えてきた。
席に座ると、肘掛けが片方しかなく右手が遊んでいる。油断して手を置こうものなら、彼女の手か間違えれば腿に触れてしまいそうだ。
僕はもしかしたら人生最大の試練に挑まされているのかも知れないと思った。
ホール内の照明が消え、CMが流れ始める。その光に照らされている横顔はまるで映画の中に入っているかの様に綺麗だった。
恋は盲目というシェイクスピアの有名な言葉がある。周りのカップルが、道井杏を気にしていないのは僕が人の彼女を気にしないのと同じようにみんな盲目になっているのだろう。
画面が暗くなり、オープニングが始まると僕は彼女に掠れた声で囁いた。
「始まるね……」
彼女がコクリと頷いたのがわかる。僕は置いてあるコーラを一口飲み、乾いていた喉を潤した。
【青と恋】という映画は、ストーリー自体は王道の青春恋愛ストーリーだった。初めは仲の悪かった二人が事件を元に少しずつ距離が近くなっていく。
気持ちに気づいた途端に、彼女には時間が無かったことを知る。どこにでもありそうなストーリーなのだけど、細かい演出や出演者のリアリティある演技が感情移入させていく。
ふと僕は道井杏が記憶を無くしている事をおもいだす。もしもう一度彼女の記憶がなくなるのだとしたら、これまで過ごしたゲームやお互いのやりとりは忘れられてしまうのだろうか?
そうしたらまた、彼女と仲良くなる事はできるのだろうか? 同じ様に出来る自信は全くない。そこまで本気で……そう考えた瞬間、僕の手の上に少し冷たい感触がある。
「えっ……」
思わず小さく声が出る。
視線をやると、道井杏の手が重なっているのが見える。だけど彼女は前を向いたまま、ただ手をそこに置いただけの様に映画のスクリーンを見つめていた。
手を少しだけ動かしてみるか? いや、そんな事をしたら拒絶していると思われるだろうか?
緊張と動揺で映画の中身が全く入って来ない。
だが、内容を予習までしてきているはずの彼女はただ無表情に画面を見ているだけだ。涙の一つでも流していたなら、何か行動出来たかも知れないのに……。
そんな事を考えているうちにストーリーはクライマックスを迎える。映画館の中では涙をすする様な音が生まれ感動のシーンだというのが分かった。
別に楽しくない訳じゃない。
ただ、悲しい話だとは思うのだけど、何故感動しているのか分からないのは、道井杏も同じに違いない。
少し手を動かすと、彼女の手は離れていった。もしかしたらチャンスだったのかも知れない。だけど僕は何もできないまま、映画を終えた。
「終わったね」
何事も無かったかの様に道井杏は呟いた。この映画は彼女に何か届いたのだろうか? 反応の無い彼女の態度に少しばかりの不安を覚えた。
映画館を出て、武明達と合流する。仲のいい二人ならまた違う様子で出て来るのだろう。僕はそれを少しだけ羨ましく思い始めている。
「だからあれは、そう言う設定なんだって! 現実であるわけないだろ!」
「フィクションかも知れないけど、それだけ強い想いがあるんだよ?」
予想外にまた何やらいい合いになっている。いつもの事なのだろうけど今日の旭はやけに武明に突っかかっている様に見える。
「二人ともどうしたの?」
「聞いてよ成峻。私が泣いていたらこんなベタなのでよく泣けるなとかいいだすんだよ?」
正直武明にしては珍しいと思った。気心が知れた旭だからそう言ったのか? いや、そんな理由で怒る事くらい彼なら分かっているはずだ。
「武明、なんで?」
そこまで言うと、あまり口を挟まない道井杏が突然割り込む様に入ってきた。
「旭さん武明くんの事がすきなんだよね?」
突然の彼女の言葉に、僕はまるで時が止まったかの様に周りの音が消えた。何故彼女は今割り込んでまでそんな事を言ったのか全く理解出来なかった。
だが、それ以上に旭の言葉が理解出来なかった。
「ちがう、あたしは成峻くんが好き……」
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