第2話

 日比野に道井杏を誘えと言われてから一週間。コミュ症の僕に彼女を誘える訳も無く、それでも彼の言葉が脅迫されている様に頭を過ぎる。


 肝心の彼女の方は、普段通りに中身の無い会話を振り続けて来た。


「君の名前って成峻なるちかっていうんだ?  どういう意味?」

「そんなの知らないよ。親が勝手に付けたんだ」

「まぁ、そういう物だよね。小学校の時に調べたりしなかったの?」

「記憶に無いかな……」


 美人は三日で慣れるというのはウソだと思う。いや、並の美人ならそうかも知れないのだけど人間離れするとそうでは無いらしい。


 日比野は、男と話しているのを見た事が無いと言っていたけど、彼女の様子からはそんな風には全く見えなかった。


「道井さんは……」

「ん? なに?」


 ふと男とは話さないのかと聞きそうになったが、途中で自分と話している事に気づき止めた。


「いやなんでもない」

「なにそれ。てっきり私に興味を持ってくれたのかと期待したのに」

「そんな。それじゃ、まるで僕が道井さんに興味ないみたいじゃないか」

「だって、興味ないでしょ?」

「……」


 彼女のはっきりとした物言いが、僕に言葉を詰まらせた。興味がない訳じゃない、ただ──


「君、素直すぎ! いいよ別に、興味無くってもその方が攻略しがいがあるから」

「僕はゲームだったのか。ってもしかしてゲームしたりするの?」

「お? 釣れたね。するよ? まさかしないとでも思ってたの?」


 はっきり言って、彼女がゲームをするイメージは無かった。だけど、そのおかげで少しだけ身近に感じ、僕の口は急に饒舌になった。


「なんのゲームするの?」

「パズルゲームとか?」

「じゃあ、『もちぷよ』は? 僕もやるんだけど、えっと、今ランクはクリスタルでボスはまぁ、勝てなくはないんだけど、それで、道井さん結構強かったりする?」


 『もちぷよ』はその名の通り丸い餅を積み上げる国民的なパズルゲームだ。すると彼女は目を丸くしてすぐに笑顔を見せた。


「ちょっと落ち着いて! 暴走しすぎて私置いてけぼりなのだけど」

「あ、ごめん」

「とりあえず『もちぷよ』は得意だよ。ランク戦はあんまりしないからわからないけど、地元の友達には負けた事は無いかな?」

「そうなの? じゃあ、今度対戦しよ?」


 再び彼女は目を丸くすると、今度は頬に指を当てて考える素振りを見せた。


「いいけど、どこで?」

「あ……オンラインとかで。まだ出てないけど」

「今度スマホ版が出るんだったかな? いいよ、練習しとかないとね!」


 その瞬間彼女の自然な笑顔に【人間らしさ】みたいな物を感じた。アンドロイドでは無く、アンドロイドっぽい人間なのかも知れないと、僕の中の記憶が上書きされて行くのが分かった。


 ただこの時。唯一とも言えるチャンスを逃していた事を、日比野が話しかけて来るまでは気づいていなかった。


「なぁ、杉沢。 お前いつになったら道井さん誘ってくれんだよ?」

「ごめん、」

「まぁお前、そういうのは苦手そうだしな。無理言って悪かったな」


 意外にも、日比野はすんなりと諦めた。本当の所はどうなのかわからないけど、彼自身が話しかける事自体に抵抗が無いというのは道井杏が席に戻って来てすぐにわかった。


「道井さんはさ、杉沢と仲良いの?」

「うん。仲良いよ」


 普段の印象とは違い、愛想笑いで答えて居るのが分かる。確かにこれは話しかけづらい。だが、日比野はそんな事はお構いなしと言った感じで上手く話しを乗せる様に続けた。


「やっぱり? 趣味が合うとか?」

「同じゲームするのを知ったのはさっきだけど」

「そうなの? 俺もゲームするんだけど、今度杉沢も含めて一緒に遊ばない?」

「杉沢君も? でも、男の子の中に混ざるのはちょっとね……」

「じゃあ、旭も呼ぶ!」

「成宮さん? それならいいけど……杉沢君もいいの?」


 チラリと日比野を見ると、アイコンタクトのつもりなのか両目をパチクリとさせ訴えかけている。元々は僕が誘えなかったという事もあり、道井さんに了承の旨を伝える。すると彼女は日比野の誘いを受け、三人でLINEを交換する事となった。


 思いがけない急展開に、授業中何度も新しく登録された二人のアカウントを見る。日比野のコミュ力の高さというか、押し切る強さに感心していた。


 ピロリン!


────────


 日比野武明から『みんなでゲーム』のグループチャットへの招待が届きました。


 参加しますか?


────────


 早速送られて来たグループに、緊張しながら参加のボタンを押し、周りを見渡す。案の定、道井杏と目が合い笑いを堪える様に目を逸らす。その瞬間、日比野から『ヨロシク!』と書かれた謎のうさぎのキャラクターのスタンプが来る。


 まだ始まってもいないのだけど、これから起こる事への期待をするのには充分だった。


 カーテンを揺らす柔らかい風。先生が授業を行っている声とチョークの音が昼下がりの教室に響いていて僕はスマートフォンを握りしめているのがわかりなんとも言えない高揚感があった。

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