Day28 隙間
オフィスの窓からハカバノアサガオの花が見えるようになった朝、たぶん出社していた社員全員が、同時にニナガワくんのことを考えたと思う。
ハカバノアサガオは死体からしか生えない。窓の外は隣のビルとの狭い隙間だ。仮にその間に死体が落ちていたとして、誰も気づかないということはまぁ、なくもない。そして半年前からうちの社員のニナガワくんが行方不明になっている。どうしたって両者を関連づけてしまう。
「必ずしも人間の死体とは限らない。警察に通報する前に、誰かが見に行かないと」
浮かない表情の部長が、窓の外を眺めながら言った。皆は「仕方ないか」と「いやだなぁ」、それから好奇心が入り混じった顔を見合わせる。
「でもあそこ、相当細いですよ」
ビルとビルとの隙間はかなり狭い。細い人ならギリギリ通れるだろうかというくらいで、おまけに昼でも暗くて奥などは見えない。それでも窓の外でそよそよ揺れている真っ赤なハカバノアサガオの花を見れば、やっぱり放っておくとまずいよなぁと思わざるを得ない。結局、社員の中で一番スリムなキリマさんが見に行くことになった。
「何かあったら助けてくださいね!」
と言いつつ、活発なキリマさんは目が輝いている。腰にロープ、額にヘッドランプを装着し、彼女はビルの谷間に消えていった。わたしたちは息を呑んで待った。
五分、十分……キリマさんから応答はない。
「キリマさーん!」
「キリマー! 大丈夫かー!?」
声をかけても返事はない。
とうとうわたしたちは警察を呼んだ。ニナガワくんはともかく、キリマさんは確実にこの隙間に姿を消したはずなのだ。無駄足を踏ませることにはなるまい。
ほっそりした婦人警官がビルの隙間に姿を消し、ほんの三分ほどで戻ってきた。
「アライグマでしたよ」
「は?」
「アライグマの死体からハカバノアサガオが生えてました。最近はビル街にも出るんですよねぇ、アライグマ」
社員がひとり行方不明になったことを説明すると、応援の警官やら消防士やらが来てくれた。でも、ビルの隙間から出てきたのは大量のゴミと大きめのアライグマの白骨化した死体だけだった。
キリマさんはいなかった。ニナガワくんも。
隙間はさっぱりキレイになったはずなのに、なぜか今も窓の外にはハカバノアサガオが揺れている。わたしたちは極力そちらの窓を見ないようにしている。
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