Day25 ステッキ

 駅前の紳士像からステッキが消えて一か月が経った。銅像からどうやってステッキを奪ったのかは謎だが、なくなったものはなくなったのだ。この街の初代市長だという紳士は、左手を中途半端な位置で浮かせたまま、なんとなく不安定な印象である。

「おれステッキやってくるわ」

 突然クラスメイトのサカイくんが言い出した。「見てるとなんか半端でムズムズするやん」

 紳士像は高さ二メートルほどある大きなもので、サカイくんの頭の高さよりちょっと上に左手が位置している。台座を登り、ステッキのあった場所にサカイくんが立つと、なるほどステッキの代わりみたいに見えなくもなかった。

 ぼくたちはしばらくステッキ! ステッキ! と囃し立てていたが、十分くらいで飽きて公園に行くことにした。サカイくんは「おれ、もうちょっとやってくわ」と言って、ステッキの位置にじっと立っていた。

 次の日からサカイくんは学校にこなくなった。もしやと思って駅前に行くと、紳士のステッキの位置にサカイくんがピタッと立って澄ましている。どうも朝にやってきて、お昼も食べずに立ち続け、日が暮れると家に帰るようだ。そんなわけでサカイくんの親も息子の不登校にしばらく気づかず、おかしなことに駅を行き交う人々も、銅像のステッキが小学生になっていることについて何も言わなかったらしい。まぁ、おじさんの銅像なんてみんな見てるようで見てない、ということなのかもしれない。

 ともかく、このままでは困る。サカイくんは銅像のステッキではなく人間なのだ。家族もぼくたち友達も心配しているのだ。なのにサカイくんは「一度始めたから」と言って毎日駅前に通う。どんなに止めても聞かない。真面目なのだ。

 こうなったら新しくステッキを作るしかないという話になり、紳士のステッキが新たに鋳造され、駅前に運ばれた。

「サカイくん、ステッキができたよ」

 そう言って現物を見せると、サカイくんは突然泣き始めた。「いややぁ、おれがステッキやのに」

 うん、まぁ、結構長いこと立ってたしそういう気持ちになってしまうのもわかる。でもサカイくんは結局人間の子供なのであって、本物のステッキにはなれない。

 サカイくんをどかして新たに持たせた銅のステッキは紳士の手にぴったりで、さすがのサカイくんもそれを見ると何も言えなくなり、うなだれて台座を降りた。めそめそ泣きながら親に連れられて帰ったサカイくんも、時を経た今は製薬会社に務める真面目な二児のパパで、ステッキの件はすっかり持ちネタになっている。

 そういえば元々の紳士像のステッキはどこに行ったのだろう。それは今もって謎のままだ。

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