Day20 祭りのあと

 魚人たちの陽気なパレードが通り過ぎた後には、紙テープや割れた風船に混じって、きらきら光る鱗が落ちている。それを拾って内陸の街に持っていくと、好事家やアクセサリーを作る職人にそこそこの値段で売れるのだ。

 おれはお祭り騒ぎの痕跡の上を這いまわって、ようやく二十一枚の鱗を見つけた。もうこれ以上の収穫はなさそうだった。

 二十一枚ぽっち、電車で売りに行くとほとんど儲けが出ない。内陸の街までは歩いていくしかない。だから三日くらい留守にするよと告げると、妹は露骨に不安そうな顔をして厭がった。

「やだな、この家にひとりでいるの」

 妹は上を見る。むき出しになった梁から千切れたロープがぶら下がっている。

 去年の春に父さんがあそこからぶら下がった。おれも妹もまだ背が低いので、残ったロープを片付けることができないのだ。

「この家にひとりでいるとさ、そこのクローゼットの隙間からパパとママが覗くんだもん。ほんとだよ」

 妹が指をさした先には大きなクローゼットがある。アルコール中毒だった母さんは、ある朝あの中で産まれる前の赤ん坊みたいに丸まって死んでいた。どうしてあんなところに入っていたのか誰にもわからない。作り付けのクローゼットだから、処分することもできない。

 この家は家族の死の痕跡で満ちている。妹が怖がるのも当然だと思う。だからおれたちには金が必要なのだ。

「金が貯まったらこんな家処分して、もっと明るいところに住めるんだよ」

 おれはいつもそう言って妹を説得し、妹はしぶしぶ留守番を承知する。妹にも、自分はあの山道を越えていけないだろうということがわかっているのだ。彼女の両脚は足首から先がない。ごく小さい頃に事故で失った。母さんが酒を飲むようになったのはそれからだった。

 妹は今でもたまにないはずの足が痛むと訴え、おれは足先の何もないところをさすってやる。妹はそういうとき「ごめんね、ほんとに痛いんだよ」と言いながら涙をぽろぽろ流す。母さんが死んで、父さんが死んで、おれは失った妹の足を撫でている。そういうとき、この家はとても暗いところだなという気がしてたまらなくなる。

 金はいくらあっても足りない。まずこの家を出る。それから妹に義足を買ってやる。それから。その先のことはまだおれには考えられない。

 支度を整えておれは家を出る。妹はおれが見えなくなるまで窓辺で手を振る。

 大通りにはまだパレードの痕跡が残っている。足元を見ながら歩いていると、右の爪先の向こうに小さい、歪んだ薄い硝子板のようなものが見えた。

 二十二枚目の鱗だ。手を伸ばしたそのとき、交差点を曲がってきた車がこちらに突っ込んできた。

 顔を上げたときにはもう遅く、一瞬のち、おれは車に撥ねられて高く宙を舞っていた。景色がゆっくりとスローモーションで流れていく。きらきらしたゴミで賑やかに散らかった大通りのアスファルトがだんだん近づいてくる。もう鼓笛隊の演奏はどんなに耳を澄ましてみても聞こえず、ああ祭りは終わったんだなと考えているうちに、おれは顔面から地面に墜落した。ポケットからばらまかれた二十一枚の鱗が、少し遅れておれの体の上に降り注いだ。

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