Day12 坂道

 わたしたちの住む町の東側は、全体が大きな大きな上り坂になっている。急勾配の坂はとても長く、どこまでもどこまでも続いている。先端は空の中に溶けてしまって、どうなっているのかわからない。

 この坂を越えていくと東京があるのだそうだけど、この先に行ったことがあるというひとを、わたしはまだ一人も見たことがない。

「お姉ちゃんが言ってたよ。東京なんてもの、本当はないんじゃないかって」

 わたしは幼馴染みのちえと、坂の根元でおしゃべりをしていた。ちえは三つ上のお姉さんにとても懐いていて、彼女のことをよく話すのだ。

「じゃあ、テレビとかで見る東京は? ひとがいっぱいいて、建物がいっぱいあるやつ」

「全部作りものなんだよ、きっと」

 わたしは何も答えられず、坂道の一番下を蹴ってみる。何しろ東京に行ったことがあるというひとを知らないのだから、わたしにはちえに反論するすべがない。

 画面や紙面の中でしか見たことのない東京は、ファンタジーの世界とそう変わらない気がする。いつかそこに行ってみたいけれど、絶対に手が届かない。

「じゃあ、坂の向こうってどうなってると思う?」

 わたしが尋ねると、ちえは首を振った。「わかんない」

「お姉さんは、なんか言ってた?」

「お姉ちゃんは、海かもって言ってた」

「じゃあ、いつか坂の向こうから海があふれてきたら、どうする?」

 そう問うと、ちえはわたしの顔をじっと見つめた。「反対側に逃げようかな」

「すぐ追いつかれて流されちゃうよ」

「そうだね」

 益体もない話をしている、ということに改めて気づいたわたしたちは、顔を見合わせて、ふふ、と笑いあう。


 町の西側は大きな大きな下り坂になっていて、急勾配の坂道がどこまでもどこまでも下に続いている。

 坂の先には真っ暗闇が広がっていて、どうなっているのかわからない。

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