Day11 からりと
その日、からりと晴れた日が続いて池の水が干上がり、とうとう池のヌシであるジャイアントヌマチエビが泥の中から顔を出した。歩いて別の池に向かうのだ。
ジャイアントヌマチエビはめちゃくちゃ巨大だ。ちょっとしたビルくらいあるので、ぼくらの町は大騒ぎになった。小中高校は臨時休校になったので、ぼくは隣に住んでいるみっちゃんと一緒に巨大エビを見に行くことにした。
ジャイアントヌマチエビの移動ルートは大体決まっていて、これまで一度もずれたことがないという。さっそくルートにあたる大通りが封鎖され、警官隊が駆けつけて交通整理をしていた。ビルの間に、エビの触覚がゆらゆらと揺れているのが見える。
大通りに近い歩道橋の上には人が鈴なりになっていた。「出遅れたな」とぼくたちは顔を見合わせた。
ジャイアントヌマチエビが近づくにつれ、ズン、とものすごい震動が足元に響く。ずば抜けて巨大なものが近づいてくるワクワク感に、ぼくは心臓がどきどきして胸が痛くなった。歩道橋が揺れる。皆が歓声を上げる。そして銀行のビルの影から、エビがぬっと頭を出す。いよいよ交差点にさしかかったのだ。
身長の低いぼくたちがジャンプしているのを見かねて、ガタイのいいお兄さんふたりが「乗るかい?」と肩車してくれた。普段なら恥ずかしい気分になりそうだけど、今日はそれどころではない。ぼくもみっちゃんも素直に「ありがとうございます!」と言って、見知らぬ人の肩に乗っかった。人混みから頭ひとつ突き出すと、いよいよエビがよく見える。
目のさめるような鮮やかな青色の、うそみたいにでっかいエビ。
ズン、と世界が揺れる。騒ぎの中で、みっちゃんが「すげぇ」と言ったのが聞こえた。ぼくも「すげぇ」と口にする。
揚げて食べたいなぁ。
という言葉が思わず、ぽろっと口からこぼれる。
そのときだった。ジャイアントヌマチエビが進路を変更し、歩道橋の方へと向かってきたのだ。なにしろ突然のことだから、警官隊にもどうにもならない。人力で止めるなんて到底無理だし、拳銃の弾なんか簡単に弾かれてしまうのだ。なすすべもなくエビは近づいてくる。このままでは歩道橋に激突する!
歩道橋の上はパニックになった。押しかけていた人々が、今度は一度に下に降りようとして押し合い、押し合うからまた進めなくなってパニックが加速する。あちこちから悲鳴が上がった。ぼくを肩に乗せていたお兄さんも押されて、ぼくは前に後ろに大きく揺れた。
そのときひときわ大きな悲鳴が聞こえたと思ったら、みっちゃんが宙を舞うのが見えた。肩車から放り出されてしまったのだ。目と口を大きく開いて、ぼくの方を向いている顔がだんだん逆さまになるのが、スローモーションのように見えた。
そのとき、ジャイアントヌマチエビが速度を上げ、歩道橋に衝突した。世界がぐちゃぐちゃになって、わけがわからなくなった。ただぼくも肩車から振り落とされて、意識がなくなる寸前、泰然と通りを通過していくジャイアントヌマチエビの青い背中に、みっちゃんがぽとりと乗っかっているのが見えた。
気が付いたら病院だった。この日の歩道橋の崩壊による死者は二十二名、怪我人は百を超え、そして行方不明者がひとり。みっちゃんだ。みっちゃんはエビの背中に乗ったまま、今も見つかっていない。
もしかしたらぼくが「揚げて食べたい」なんて言ったからエビが怒ったんじゃないか。ずっとその思いが消えないのだけど、でもこんなことはどうしたって、それこそ口が裂けたって言えない。
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