Day6 どんぐり
従兄のコーサクくんがある日突然仕事を辞めて、小説家になると宣言した。でも学校の作文すらまともに書けないコーサクくんが、いきなり小説なんて書けるわけがない。何日も何日ものたうち回って、やっとの思いでひねり出した三千字くらいの短編をネットで公開したが、褒められるとか叩かれるとか以前にほとんど読まれもしなかったので、コーサクくんの心と筆はいとも簡単に折れてしまった。
で、今は何をしているかというと、「どんぐり屋」をしているそうだ。近所のクヌギ林でどんぐりを拾い、汚いものや水に漬けて浮いてくるものは捨て、煮沸して乾かして一個一個検品して、大きさや形、色ごとに分け、ビニール袋に詰めて売っているそうな。
そんなものが売れるの? と聞くと、コーサクくんは「ガキにはわかんねんだな!」とえらそうに言う。まぁ、ぼくも保育園に通っていた頃はどんぐりを拾うのが大好きだったし、拾ったどんぐりは宝物だった。でもわざわざ買ったりはしなかったはずだ。学校や塾で友達に聞いても同じようなことを言われたし、客層がいまいちわからない。でもコーサクくんの口座には一応いくらか知らないけどお金が入ってきてるらしく、伯母さんによればちゃんと生活費も入れているそうだ。
今の時期は商品の仕入れ時だ。何しろこのときに一年分のどんぐりを拾っておかないと、在庫を確保することができない。
どんぐりなんか一年中落ちてるわけではないから、それはまぁ、そうだろう。でも「日当千円やるから手伝え」という要請は断った。千円だけで一日中めいいっぱい働かされるのが目に見えているし、第一あのコーサクくんに一日とはいえ雇われ、あれこれ指示されるというのが、ぼくのプライド的にはナシなのだ。こんなこと言うとコーサクくんには悪いと思うけれど、でもナシだ。
結局雇われてくれるひとは誰もいなかったらしく、コーサクくんは毎日ひとりでクヌギ林に入ってどんぐりを拾い、夜なべして煮沸や検品に精を出しているらしい。そんなに頑張れるなら普通に近くのスーパーとかで働いた方がいいんじゃないかと思うのだが……でもひとには適性というものがあるし、「どんぐり屋」はコーサクくんにぴったりの仕事なのかもしれない。少なくとも小説家よりは性に合っているはずだ。
そんなわけでしばらくはうまいこと行っていたのだけど、ある日コーサクくんはクヌギ林に行ったまま帰ってこなくなってしまった。町内会のひとたちが林の中に探しにいくと、落ち葉に埋もれかけたコーサクくんの死体が見つかった。
コーサクくんの体には食い千切られたような傷がたくさんあり、どうやら小さな齧歯類、たとえばネズミとかリスとか、そういう類の動物にやられたらしいとわかった。さてはどんぐりを拾いすぎたんだな、と遺されたぼくたちは思う。コーサクくんが彼らの餌場を荒らしすぎたのだ。
当然の報復を受けたということで遺族も納得し、コーサクくんの葬儀がしめやかに営まれた。そのとき集まった御香典の中には、きれいなどんぐりがいくつか入っていたそうだ。
もしかするとどんぐりを通貨にしている何ものかがいたのかもしれない、とぼくは考える。コーサクくんがいなくなったので、彼らはどんぐりを確保できずに困っているかもしれない。
となれば誰かがどんぐりを拾って売るべきなのかもしれないけれど、ぼくは臆病なので遠慮しておくことにする。どんぐり屋は命がけの仕事だということを、コーサクくんが身をもって教えてくれたのだから。
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