Day5 秋灯
わたしの目は、夜になると時々サーチライトみたいにぎゅんぎゅん光り出す。そうなるとお母さんはわたしに、「お外に出ていなさい」と言う。
いつものことなので、わたしはうなずいて靴をはき、玄関を出て門柱の横に立つ。
左を見る。道の向こうに松林が見える。真っ黒な固まりみたいになって、風が吹くとざわざわと音をたてる。
右を見る。もう暗くて見えないけれど、道の向こうに海がある。耳をすますと潮騒が聞こえる。また左を見る。右を見る。左。右。左。右。
わたしの目は、なかなか光るのをやめない。
夜の風がすっかり冷たくなっている。右を見たり左を見たりしながら、わたしは「もう秋だな」と思う。上着を持ってくればよかったな、とも思う。今頃家の中で、お母さんは何をしているんだろう。
左。右。左。右。左。右。左。右。左。右。左。右。左。右。左。右。
何十回やったかわからない。
やがてわたしが左を向いたとき、ちょうど松林からよろよろと誰かが出てくる。若い女のひとだ。今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。わたしはそのひとの方を向いて、道を照らしてあげる。
やがて女のひとはわたしの家の前までやってきて、
「あのぅ、海はどっちでしょう」
と尋ねる。
「あっちですよ」
右手をさして教えると、女のひとはぺこっと頭を下げてまた歩き出す。わたしは今度は右側をじっと見て、そのひとの行く手を明るくする。
女のひとの後姿が海の方に消えると、わたしの目の光はすぅっと弱くなる。それでようやく、わたしは家に入ることができる。
家の中ではお母さんがテーブルを拭いている。わたしを見ると「おかえり」と言って、温かいココアを作ってくれる。
「どうだった?」
「女のひとだった。松林から来て、海に」
「そう」
お母さんは少し溜息まじりに言う。「お父さんじゃなかったの」
わたしはうなずく。
夜はどんどん暗くなって、暗幕のようにわたしたちの家を覆う。
お父さんが何日後、あるいは何年後、あるいは何十年後にやってくるのか、海から来るのか松林から来るのか、そもそもどんなひとなのか、わたしだけが何も知らない。
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