Day3 かぼちゃ

 秋にしては寒いある朝、兄嫁が頭だけ出してうちのかぼちゃ畑に埋まっていたのを見て、やっぱりなぁと思ったのはたぶん、私だけではなかったと思う。

 変なひとだった。結婚の挨拶に来たとき、「私はお義父さんとお義母さんのお墓のお世話はしません」といきなり圧のある表情で言いだしたのを覚えている。父に「詠美にやってもらうから大丈夫ですよ」と言われて拍子抜けしたらしいのは間抜けだったけど、その後私を憐れむような目で見たことは、今思い出してもムッとする。

 とにかく非科学的、非効率的なことが嫌いなのだと言っていた。科学的、効率的なのは悪いことではないけど、このひとはめんどくさいし失礼だし、正直いやだなと思った。でもあのまったく浮いた話のない兄と結婚してくれるのだし、兄本人は「変わったところもあるけど悪い子じゃないから」とまんざらでもなさそうだったから、何だかんだでそのまま結婚する運びになったのだった。

 そんな兄嫁だから、秋の夜は外に出るな、特にかぼちゃ畑は危険だから絶対に行くなという我が村の決まりを馬鹿にして、「なんともないじゃないですか」とドヤ顔をしたかったのだと思う。それが今こうして緩みきった顔で土に埋まっている姿は、なんとも哀れだった。

 兄嫁を掘り出すのに、近所のひとたちの手も借りて半日ほどかかった。背中の肉少々と、右足の爪先がすでに失われていた。

 少しでも人間を食ったかぼちゃは売り物にならない。畑の一角が丸々掘り起こされ、すでに実っていたかぼちゃが大量に廃棄された。余計な仕事が増えて両親と夫は大忙しだし、かぼちゃの出荷量が減って大損するし、私はといえば、ひとりでトイレに行くのもままならなくなった兄嫁の面倒をみなければならない。私だって元々家事全般と二歳の息子の世話を担っているのだから、決して暇ではないのに。

 よく響く声でしゃべり散らしていたのが嘘のように、兄嫁は静かになった。半開きの口から涎を垂らし、布団の上に半身を起こしてぼーっとしていることが多い。こうなるから夜のかぼちゃ畑には行くなと行ったのに、言わんこっちゃないのだ。兄嫁が日常生活に戻った暁にはきちんとお礼をしてもらいたいものだけど、あいにくそんな日は来ないような気がする。

 目下私の息抜きといえば、息子がお昼寝をしている間兄嫁の部屋に行って、かぼちゃが来ますよ〜と言うことだ。ぼーっとしている兄嫁が、このときばかりは飛び上がって布団の中に隠れたり、泣きながら私にすがりついてきたりする。一応私のことは誰だかわかるらしく、詠美ちゃん助けてぇと泣きついてくるのはなかなか滑稽で、爽快だ。

 こんなことばかりしていてはよくないなぁ、息子の教育にも悪いよなぁ、と思う一方、あまりにもスカッとするのでやめられない。農業高校卒業後ずっと実家で働いてきた私のことを、「無理やり家業を継がされて可哀想ね〜」と哀れみを装って(そもそも無理やり継がされたわけではないし、全然可哀想ではないのだが)バカにしてきた、その報いだと思う。

 やがてズブズブと嗜虐の深みにはまった私は、道の駅で購入したとびきり大きなオレンジのかぼちゃをくり抜き、ジャック・オ・ランタンを作って頭にかぶった。黒い布を全身にまとい、

「お義姉さん、かぼちゃがきましたよ」

 そう言ってからおもむろに入室すると、兄嫁はものすごい叫び声をあげ、驚いた猫のようにビョンっと跳び上がった。そしてそのまま駆け出したかと思うと、二階の掃出し窓から外に飛び出して落下した。かぼちゃ頭を脱いで窓から下を見ると、首をおかしな方向に曲げた兄嫁が、固い地面に倒れていた。

 私は被っていたかぼちゃを隠したあと、素知らぬ顔で「お義姉さんが窓から落ちた!」と皆を呼びに行った。

 こうやって死んでしまった兄嫁は、非科学的で大嫌いだっただろう幽霊というものになって、家の中をうろうろするようになった。

 気の小さい母や兄などは神経が参ってしまい、一時期はなかなか大変だった。だが幸い、かぼちゃを象ったものを置いておくと兄嫁はそこに近づけない、ということがわかってからは楽になった。

 家の中はかぼちゃの置物や絵だらけになり、三食に一度はかぼちゃが出てくる食生活を送ることになってしまったけれど、今はなかなか快適だ。兄嫁は家族の目の届きにくい庭の隅っこに、今日も恨めしそうに立っている。

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