Day2 屋上

 小学校の屋上から落ちてきた植木鉢が校庭にいた今川くんの頭を直撃したとき、みんなが「こりゃ死んだな」と思ったものだ。ところが今川くんは生きていた。何度かの手術を経て学校に戻ってきた彼の頭には、ぼくの掌くらいの丸くて平らな窪みができていた。

 最初は皆「カッパみたい」と言っていたが、そのうち誰かが「屋上」と呼び始めた。今川くんの屋上。ちょうど屋上から落ちてきた植木鉢によってできた窪みでもあるし、ピッタリだと思った。何より今川くん本人がそれをとても気に入ってしまったのだ。

 屋上と呼ばれ始めた次の日、今川くんはクリックリの坊主頭で登校してきた。

「これやったら、屋上あるんがわかりやすいやろ!」

 なるほど、とぼくたちは思い、彼の「屋上」にガチャガチャで取った小さいフィギュアなどを入れて遊ぶようになった。


 ところで、今年の夏はまたハチャメチャに暑かった。「日光が直接地肌にあたってきついわ」と言いつつ、今川くんはまだ坊主頭だった。それくらい「屋上」が気に入っていたし、ぼくたちもそんな気持ちを尊重してあげたいと思った。

 そんなある日、クラスメイトの三ツ田さんが「何か植物を植えたら涼しいんじゃない?」と提案した。

「ええな、それ」

 今川くんが賛成したので、その日の理科の授業は今川くんの緑化計画に使われることになった。

 学校にはちょうど「屋上」にぴったりの大きさのプラスチックの受け皿があったので(何しろ元々が植木鉢が当たってできた窪みだもの)、それをピタっと「屋上」にはめ込んだ。そしてそこに、たまたま理科室にあったゴーヤの種を撒いた。

 ゴーヤはみるみるうちに成長した。支柱を立てていないので下に向かって伸び、今川くんは遠くから見ると緑色のロン毛に見えた。少し重たそうだったが、今川くんは「涼しいわ」と言って喜んでいた。

 ゴーヤはずんずん育ち、やがて立派な実をつけた。

「調理実習のときみんなで食べへん!?」

 そう申し出た今川くんの、嬉しそうな顔といったら! ところがそのアイディアには誰も喜ばなかった。かく言うぼくも。

 そう、みんなゴーヤが苦手なのだ。なぜって苦いから。みんなが渋い顔をしていると、今川くんは口を歪め、悲しそうにしくしく泣き始めた。

 今川くんは「屋上」を心から愛していたのだ。そして、そこで育ったゴーヤのことも。その身が黄色くなって朽ちてしまうよりはみんなに食べてほしい。その気持ちもわかるけれど、苦いものはやっぱり苦い。先生が「もらって帰ってもいい?」と助け船を出したが、今川くんはあくまで「みんなで食べてほしい」と譲らなかった。頑固なのだ。

 誰かが「そもそも誰だよ、ゴーヤ植えようとか言い出したの」と言い始め、最初に「植物を植えたら」といった三ツ田さんが非難の的になった。三ツ田さんはみんなの前で今川くんに謝るように言われ、真っ赤な顔をしながら「ごめんなさい」と頭を下げた。それで手打ちということになった。

 結局今川くんのゴーヤは、今川くんの家族が全部食べたらしい。


 ところで三ツ田さんだけど、みんなの前で謝らせられたことをひどく気に病んでしまい、校舎の屋上から飛び降りて亡くなった。

 今川くんは枯れかけたゴーヤを全部「屋上」から撤去し、代わりに白い菊を植えてきた。頭にいっぱい花を生やした姿はファンシーで面白かった。

 今川くんの「屋上」には幽霊が出るようになった。まるでガチャガチャのフィギュアみたいに小さいみつあみの女の子が、花の間をちょこちょこ移動しているのだ。誰がどう見てもそれは三ツ田さんだった。

 クラスのほぼ全員が小さな三ツ田さんを目撃するなか、なぜか今川くんにはそれが見えないらしい。

「三ツ田、きっとおれのことが嫌いなんやな」

 などと言いながら、今川くんはパンジーなども植え始め、今「屋上」はちょっとした花園になっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る