Day4 紙飛行機

 あたしの席は五年三組の一番窓側で、そして一番後ろ。

 だから授業中に背中を目がけて紙飛行機が飛んでくるなんてことはありえないし、もし飛んできたとしても無視した方が絶対にいい。

 無視された誰かが怒るなんてことはもちろんないし、開いたら中に何か書いてあるかもしれないなんてことも、全然考えなくてかまわない。


 お姉ちゃんが読んでいた本に「好奇心は猫をも殺す」ということわざが載っていた。

 猫を殺すのはよくないよと思いつつ、そういう話じゃないよということも、ちゃんとわかっている。とどのつまり、好奇心に流されるとよくないことが起こる、という意味なのだ。

 たとえば、授業中に飛んでくるはずのない紙飛行機。それを誰が飛ばしているのか、広げたら何が書いてあるのかなんてことは、絶対に気にしてはいけないことなのだ。


 たとえ、本当に紙飛行機が飛んでくるのだとしても。


 授業中に紙飛行機が飛んできて、ぽそっとあたしの肩に当たる。

 そんなとき、あたしは真後ろを振り向かないようにしながら、クラスのみんながちゃんと席についていることを確認する。いつだってみんなきちんと座っているし、いない子はその日初めから休んでいる。第一立っている子がいれば、先生がちゃんと注意する。

 窓も大抵きちんと閉まっているし、仮にちょっとくらい開いていたとしても、三階の窓に外から紙飛行機を狙って入れられるひとなんて、そうそういないと思う。

 あたしの後ろには出席番号が遅い子のロッカーがあって、その中にも特別おかしなものが入っているわけじゃない。あんな小さなロッカーの中に、誰かが隠れているなんてことはありえない。

 だから授業中、あたしの背中に紙飛行機が当たることは、絶対にないと言っていい。もし当たったとしても、それは無視していいものだ。

 たとえ、一日に一度は必ず当たるものだとしても。

 そういうものなのだ。


 授業が終わると、あたしは床に落ちたままの紙飛行機をさっさと拾って、ゴミ箱にまっすぐ捨てにいく。

 そのときにはやっぱり、どうしても、ちょっと目に入ってしまう。

 最初はまっ白い紙で折られていた紙飛行機は、だんだん黒くなってきている。

 何かぐちゃぐちゃとした殴り書きのようなものが、折り目の内側からしみ出すように、だんだん外に、大きくもれ出している。

 何が書いてあるかわかってしまったら、相手の思うつぼだから、あたしはそれをなるべく目に入れないようにしている。

 好奇心は猫をも殺すんだって、心の中で唱えながら、さっさとゴミ箱に捨てる。


 最近の紙飛行機は、拾い上げると少し重たい。揺れるとカサカサ音をたてる。

 折り目の中に何が入っているのかなんて、きっと、死んでも知らない方がいい。

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