「サイレントメモリー」
オーサカ支部は惨状を呈していた。
クリスマスパーティーの翌日に大掃除をしたばかりだというのに。
大晦日から行われていたらしい(ぼくは呼ばれなかった)ニューイヤーパーティーのせいでテーブルの上は大混雑だ。
「総平!」
椅子の背もたれに全体重をかけてもたれかかって目をつぶっている男に、ぼくは見覚えがあった。
風車総平。
天平先輩の婚約者にして、ヒーロー研究会の所属。
ぼくは以前共に映画を観に行った思い出がある。
呼びかけられて目を覚ました総平は「ここで酔い潰れるの何回目だよ……」と弱々しくつぶやいた。
「ほら、来ないほうが正解と言ったでしょう?」
「さっちゃんが最初から来れるんやったら呼びたかったんやけどなー」
霜降先輩のおっしゃる通りかもしれない。
この場にいたらそれはそれで楽しかったかもしれないが、生憎ぼくは酒が飲めない。
見える範囲だけでも酒瓶が10本は転がっている。
「あなたさっき『男2人とも潰れてつまらんからトウキョーからさっちゃん呼んだろ! 初日の出見にいこ!』とおっしゃってましたよ」
「こんなべっぴん2人で初日の出見に行こうもんなら変な虫がブンブン寄ってくるやんなぁ」
床に転がっているのは酒瓶だけではない。
1人、うつ伏せに倒れている男がいる。
まさか導に飲ませたわけではあるまい。
「総平と、もう1人は」
「あ、そか。智司と会うの初めてやん」
あのとき、総平には弟がいると聞いた。
ぼくと同い年だかの。
それがこの男か。
天平先輩は智司の身体をゆさゆさと揺らし、脈を測ると「し、死んどる……!?」と正月から縁起でもないことを言ってのけてパッと離れる。
再び前にふにゃふにゃと崩れる智司。
「どう見ても生きてますよ」
呆れた表情の霜降先輩が冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出して、蓋を開ける。
智司の肩を掴んで起こすと半開きの口にスポーツドリンクを流し込み始めた。
「ボコボボボコボ!?」
「ほら」
「無理矢理がすぎるのでは」
意外とこの人も倫理観が欠けているのかもしれない。
あるいは素面のようでいて霜降先輩も酔っているのか。
目を白黒させながら注がれた飲み物を噴き出すと、智司は「死ぬかと思った!」と叫んだ。
「ひとんちだと思ってどんどん汚していくやん」
「掃除してから帰りましょうね」
全くその通りだ。
せっかく磨いた床が水浸しだ。
だが、このやりとりを見ていて察するに智司1人の責任ではなくむしろこの女性陣にも問題がある。
智司は慌てふためいた様子で「兄貴ぃ、この人たちおれのこといじめるんすけど!」と喚いてぼくにすがりついてくる。
「……あれ? 兄貴ぃじゃない?」
「初めまして。ぼくは篠原幸雄だ」
手を振り解きながら名乗ると、今度は「ひっ!」と飛び退いて天平先輩の後ろに隠れてしまった。
一体ぼくが何をしたというのだ。
総平が「智司、こっちこっち」と手招きすると、天平先輩からも離れて総平の座っている椅子の裏で縮こまる。
「兄貴ぃ、このイケメンだれぇ……? 芸能人……?」
「芦花さんの後輩の幸雄くんだよ。俺もなんで芸能事務所にスカウトされないのかわからないけど、今のところ芸能人じゃないよ」
チラチラとこちらを見ながら兄である総平とやりとりしている。
このようなタイプのパーソンに遭遇したのは人生で初めてかもしれない。
目が合うとサッと視界から消える。
「新しい彼氏……?」
「ちゃうわアホ。後輩言うとるやん」
即座に否定する天平先輩。
天平先輩はキュートだが、すでに総平のような存在があるというのに横から奪い取るような趣味はぼくにはない。
総平には総平なりに覚悟を決めている、とぼくは知っている。
「智司くんは人見知りなので、初対面の人には大体この調子なんです」
ぼくがあまりにも不服そうな表情をしてしまっていたのか、霜降先輩が助け舟を出してくれた。
なるほど。
気に病む必要はないということか。
「たーだいまー。おっ、さっちゃんも来たんだな」
ガチャリと扉が開き、コンビニで買い物してきたと思しき大きなレジ袋を持った築山支部長が入ってきた。
天平先輩は「追加の酒や!」と喜んでいるが、総平と智司の顔はひきつっている。
「買い出しに行かせてしまってすみません」
霜降先輩は築山支部長に駆け寄ってレジ袋を預かると、機敏に動いて冷蔵庫へとしまいに行く。
身軽になった築山支部長はばつの悪そうな顔をして「用意した分が足りないのは想定外だったな」とぼやいている。
オーサカ支部でパーティーを開催する時には築山支部長がオードブルや飲み物を用意しているので、今回もそうだったのかもしれない。
ぼくは呼ばれなかったが。
「さてさて、新年会の開始やな!」
勢い付く天平先輩を、総平は「飲むのはもうやめた方がいいよ」と制止した。
過去のパーティーがここまでカオスになっていたかどうか、ふと思い出す。
そうだ。
これまでのオーサカ支部のパーティーにはアルコールはなかった。
何故なら導が小学生だからだ。
うっかり飲まれてしまったら大事件になるだろう。
「無礼講や無礼講! 今日飲まなくていつ飲むんや!」
「ほら、水でも飲んで落ち着きなさい」
荒ぶる天平先輩に対して、台所から戻ってきた霜降先輩がコップ1杯の水を差し出す。
すると天平先輩は「あんたらはあたしのオトンとオカンなん?」といちゃもんをつけてきた。
この酔っぱらいをどうするべきか。
「これから初日の出を見に行くんでしょう? そんなに顔真っ赤にしていてどうするの」
「わかるほど赤いん?」
天平先輩の為に用意した水を自ら飲み干してテーブルにコップを置くと、霜降先輩は胸ポケットからスマートフォンを取り出して天平先輩の顔を撮影して本人に見せる。
智司には無理矢理ドリンクを飲ませていたが天平先輩には同じことをしなかった。
もしやろうものなら力づくで阻止していた。
「おもろ! ゆでだこやん!」
「タコさんはお留守番させて、皆さんで出かけましょうか」
霜降先輩はイタズラっぽくウインクしてくる。
こういう“ちょっと意地が悪そうなところ”は霜降先輩の父親である作倉部長との類似点かもしれない。
築山支部長は「霜降さんと、風車兄弟と、さっちゃんと、運転はわてが……まあ5人なら乗れるな」と指折り数える。
「マジで置いて行こうとしとる?」
「酒にも車にも酔われたら困りますし、新年会はお一人でどうぞ。我々は帰ってきてからおせちを食べましょうか」
ぽんぽんと天平先輩の肩を叩く霜降先輩。
天平先輩は頬を膨らませながら「やだ! みんなと一緒に行くんや!」と抗議している。
元はと言えばぼくは天平先輩に初日の出からの初詣ツアーに誘われてここまで来たのだ。
誰よりも天平先輩が行きたがっているのだから、連れて行くべきだろう。
「なら、ぼくと天平先輩があとから向かうとしよう」
「篠原くんが?」
霜降先輩は首を傾げているが、ぼくの【疾走】ならば先行している車よりも速く目的地に辿り着くことができる。
本部にいた頃しか知らないだろうから不思議に思うのは無理もない。
智司がコソコソと総平に耳打ちしている。
内容は聞こえてこないが、総平は「そうだよ」と答えていた。
「さっちゃーんー」
天平先輩が左腕に引っ付いてきたので振り解いた。
ハロウィンの時も同じようなやり取りをしたような記憶があるが、何かとこの人はベタベタとボディタッチを仕掛けてくる。
出かける前とテーブルの上の様子が変化していない点から察知したのであろう築山支部長は「さっちゃんはまだ何も食べてなさそうだし、ちょっと腹ごしらえしてからのほうがええな」とフォローしてくれた。
「あ、そうだ! モチ焼こうか?」
総平の提案に、智司が「モチ! モチ食べたい!」と被せるような勢いで同意する。
この兄弟もぼくと同じくさほど初日の出を見に行きたいわけでもないのでは。
ぼくは腕時計を見る。
冬なので日が昇る時刻はだいたい7時ごろだろう。
「今から出て行ってもしばらく待つことになりますし、総平の焼いたモチを食べてからでも」
「六甲山でも登るのかと思っていたんですが、芦花はどこに向かう予定だったの?」
山登りか。
それならそれなりの装備を整えてくればよかった。
ただし天平先輩も「え、山?」と反応しているので、霜降先輩が考えていた“初日の出”と天平先輩の考えていた“初日の出”のイメージに齟齬があったようだ。
「いや、あの、特に何も……」
「初詣の場所は?」
「んー、まあテキトーにどっかに参拝できればええかなって」
案外無計画だったようだ。
霜降先輩は「まあ、昔からそういうところありましたね」と呆れつつもどことなく納得している。
台所からは「ウワァ! 焦げた!」という悲鳴が聞こえてきた。
【過ぎたるは猶及ばざるが如し】
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