第141話 ルシフェルの足掻き

 あれは第二次大戦中、世界最大最強の戦艦と言われた大和級に搭載されていた主砲だ。とてもじゃないが、人間サイズのルシフェルに使うような代物ではない。それに、まともに撃ってもそうそう当たるものでもないだろう。

 それ故、アンジーは敢えて至近距離から発射した。三本の砲身のうち右の砲身から放たれた砲弾は、ルシフェルを直撃し、そのまま彼方へと吹き飛ばす。そしてそれに追い打ちを掛けるように、真ん中、そして左の砲身が着弾点に照準を合わせて火を噴いた。


「あの砲弾の直撃を受けても五体満足で砲弾ごと吹き飛ぶとか、バケモノめ!」


 そう、ルシフェルの身体は、その状態を維持したまま、砲弾に押されるように吹き飛んだだけだった。

 しかしそれでも、着弾地点では大爆発が起こり、更に追撃の二発も着弾し爆発を起こした。三戸とアンジーは着弾地点へと急ぐ。


「あの爆発、しかも黒翼も完全ではない状態ですから、無傷とは思えないのですが……」


 アンジーが心配そうにそう呟く。爆発が引き起こした延焼と煙でルシフェルの姿が確認できないだけに不安が募る。何しろ相手は天使、なんでもアリの危険な相手だ。

 現に、こうしている間にも何等かの方法で回復している可能性もあるのだ。

 やがて、立ち込めていた煙が収まり、あたりの状況が視認出来るようになってくる。


「ちっ、やっぱりダメか」


 三戸が忌々し気に呟く。


「……今の攻撃は流石の僕も死ぬかと思ったよ。おかげで僕の美しい黒翼が一枚も無くなってしまったじゃないか」


 三戸、そしてアンジーの視線の先には、金髪に美しい少年が全くの無傷で立っていた。斬り飛ばされたはずの腕も復活している。ただし、堕天使のシンボルでもある背中の翼は全て消失しており、彼が天使だった名残は頭上で輝くエンジェル・ハイロウのみだ。


(どうもヤツは、既存の武器に対して異常な耐性があるみたいだな……)


 剣や槍や銃のみならず、大砲やミサイルですら致命的なダメージを与えるのが難しい。例外なのは救世者メサイア達の特殊能力による攻撃だが、それはヤツ自身の能力で相殺してしまう。

 そうなって来ると、唯一光明を見出せるのはアンジーの力だが、サムライブレードとアンジーの特殊合金製のコンバットナイフ以外の攻撃はダメージの通りが悪い状態だ。

 そうは言っても、ルシフェルも無傷な訳ではない。このまま押し切れば勝利が見えてくるかもしれないが。しかし、大和型の主砲は連射が効かない。先程のように不意打ち気味でなければ直撃させるのは難しいかもしれない。


(ん?)


 そこまで考えた三戸は、一つの仮説に行きついた。

 既存の武器兵器は効果が薄い。しかし、ルシフェルはアンジーの能力だけはコピー出来ていない。そして、自分とアンジーにだけは天使の咆哮が通用しなかった。

 アンジーそのものはAIであり、生物にのみ作用するような能力は効かないかもしれないが、三戸自身もルシフェルの力に対して何等かの耐性があるようだ。

 そして、アンジーが開発した新兵器ともいうべきサムライソードと、今までに存在しなかった超合金製のコンバットナイフはダメージを与えられている。


「って事は、俺達すら見た事のない兵器なら、ヤツもダメージを食らうって事だな」


 おそらく、決め手となるのはこのサムライソードと、まだ未使用の電磁加速砲レールガンだろう。しかし、レールガンに使用する砲弾が既存のものであった場合、効果が半減する恐れもある。何しろ四十六サンチ砲の直撃を受けても形を保っていられるほど頑丈なヤツだ。


「なあ、アンジー」

「はいっ! マスター!」


 ルシフェルから視線を離す事はしないが、いつものように歯切れの良い返事を聞いて、思わず三戸は頬が緩む。


「このサムライソードのエネルギーを固形化して、レールガンで撃ち出す事は出来るか?」

「……さすがはマスターですっ! その事にお気付きになるなんて!」


 三戸の言葉に、アンジーが頬を上気させた。それは三戸の発想力に感嘆したからか、自分の意図と同じ結論に行きついた嬉しさからか。


「マスター。射出の為の電力供給は、そのアーマーにレールガンを直結させる事で賄う事が出来ます。そして撃ち出す弾丸は……」


 アンジーがそこまで言った所で、三戸は腰のウェポンラッチからレールガンを外して、腹にあるコネクタへと接続させた。銃口部から、弾丸を電磁加速させる為のレールが二枚、スルスルと伸びていく。


「グリップの部分に、ちょうどサムライソードの柄がピッタリ収まるはずです」

「なるほど」


 三戸は二本のサムライソードの柄を、レールガンのグリップ部分に嵌め込んだ。カチリと接続された音と共に、レールガンにエネルギーが充填されていく実感がある。


(まだだ。まだ充填が足りない。ヤツを消失させるには、まだ!)


 感覚として分かるのだろう。三戸は今の段階でレールガンを発射しても、ルシフェルを滅ぼすには至らない事を理解していた。ギリギリまでパワーをつぎ込んだ一撃でなければ、あの堕天使を滅ぼす事は出来ないと。


「君達は、まだ何かをしようとしているんだね。させると思うかい? 君達は危険だ!」


 三戸のレールガンが、途轍もないエネルギーを蓄え始めた事に気付いたルシフェルが動いた。


「もうなりふり構ってはいられないようだ。全力で行かせてもらうよ!」


 ルシフェルの頭上のエンジェル・ハイロウが光の粒子となり、ルシフェルの身体へと取り込まれていく。


「ふふふ……こうなってしまっては、もう理性的な対応は出来ない。この星諸共滅ぼし尽くしてあげるよ!」


 そこには、漆黒の身体に漆黒の髪。赤い瞳に一対の黒い翼。

 暗黒に染まった天使の姿があった。

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