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第89話 『神』

「ここは……」


 自分達を包んでいた光が薄くなっていき、徐々に視界がクリアになっていく。しかし、視界がクリアになっても『景色』は見えてこない。三百六十度、どこを見回しても白一色の世界。

 気付けば、傍らにいたはずのアンジーや他の相棒達が見当たらず、ここにいるのは救世者メサイア達だけのようだ。


場所か……」


 三戸が忌々しそうに吐き捨てた。

 そう、ここは並行世界を救うよう声だけの存在から諭された場所。言い換えれば、妻子の魂を人質に取られて脅迫された場所。

 だが、三戸以外はそれほどこの場所を忌諱していないらしく、あまり表情に変化は見られない。しかし、何故この場所に来たのかという戸惑いだけは隠し切れないようで、辺りをキョロキョロと見回している。


『ハナノスケよ』


 あの時と同じ声が聞こえる。三戸は返事をせず、何もない上方を見上げて目付きを鋭くした。他の救世者メサイア達は三戸をじっと見守っている。


『三度、世界を巻き込む戦争が始まろうとしている』

「なんだと!?」


 さすがにこの情報には三戸も黙ってはいられなかった。三度目の世界大戦が始まろうとしているのであれば、自分達が並行世界で戦ってきた意味はあったのか。そして、自分が死んでから、どれほどの時間が経過していたのか。疑問は尽きない。


『聞くがよい』


 三戸の心を読んだように、声は落ち着き払った深みのある声で告げた。

 三戸は大きく息を吐き、自らの冷静を保とうとする。そしてその場にどっかりと腰を下ろし、胡坐をかいた。

 一同はこの声の主を『神』だと認識している。それぞれ皆が別々の信仰をもっていたが、『神』は『神』。アッラーだろうが、ヤハウェだろうがジーザスだろうがブッダだろうが、この際それはどうでもよい 

 自分達をこのように蘇らせ、力を与えて戦わせる存在。ある意味一方的で理不尽。何とも『神』らしいとも思う。なので、三戸以外の救世者メサイア達は『声』に対して一定の敬意を払っている。しかし三戸にはそれがない。そんな彼の姿に苦笑しながらも、三戸に倣って座り込んだ。


 この様子を別の次元から見ているであろう『神』は話し始めた。

 まずは三戸が並行世界で旅した時間軸。時代を順に追っていくなら最初に出会うべきは関羽だったはず。あるいは遡っていくのであれば最初に出会うべきはナイチンゲール。

 しかし、実際は英仏百年戦争、黄巾の乱、十字軍遠征、クリミア戦争と、かなりランダムな印象を受ける。この辺りは三戸も疑問に思っていたところだ。


『並行世界で開く魔界の穴。これはどの時代のどの場所に開くのか、予知できる類のものではない』


 そんな『神』の言葉に一同は深く考えさせられる。そして、三戸が口を開いた。


「俺達の世界の歴史を踏まえて、あらかじめ影響が大きそうな事変をリストアップはしている。そしてそれに縁故のある人物の魂も準備しておいた。そういう事か」

『うむ。概ね正しい。そして並行世界に開いた魔界の穴。その時代、その場所に相応しい人物を送った』

「つまり、後手に回ってるって事だな」

『ふふ。手厳しいが、その通りだ。じゃが、いつ、どこに開くか分からぬ以上は、開いてから送り込んで被害を抑える。それしかあるまい』


 『神』にそう言われ、三戸はこれ以上何も言わなかった。『神』なんだからどうにかしろという気持ちはある。しかし打てる手は打っているのも分かる。


『そして、ハナノスケ。お前が死んでから十年と少しの時間が経っている』

「――!!」


 三戸の感覚では、並行世界へ送り込まれてから僅か数日しか経っていない。しかし、そのギャップに驚く間もなく彼の脳内に映像が映し出された。それは彼に対してだけではなく、他の救世者メサイア達にも同様のようで、みな一様に目を見開いて驚いていた。


『今から流れる光景はつい数日前のものじゃ』


 滑走路から次々とF-15Jイーグルが離陸していく。


(十年後もまだ現役で飛んでたか。しかし、この滑走路は……)


 F-15Jは三戸が現役だった頃の主力戦闘機だった。それでもすでに就役から三十年近く経過している機体もあった。近代化改修で延命化されていた事を伺わせる。

 そして、その滑走路は三戸にとって馴染み深いものだった。それは三戸が、幾度となくスクランブル発進した滑走路に他ならない。


 やがて映像は場面が切り替わる。基地から発進したF-15Jの編隊の視界の先には、多数の航空機が接近してくる事が認められた。


「スホイ!? 57か!」


 三戸が思わず叫ぶ。Suー57。ロシアが誇る最新鋭のステルス戦闘機。国籍ははっきりとは分からないが、米軍やその同盟国という事はありえない。つまり、敵の可能性が高い。


「無理だ! 逃げろ!」


 十年経過しているとは言え、三戸がいた当時の同僚も出撃している可能性もある。旧式機を無理矢理延命させている自衛隊と、最新鋭機を繰り出してきた敵。機体スペックも、数の上でも、太刀打ちする事は不可能だと三戸には思えた。

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