第88話 決着
ナイチンゲールによってアドレナリンを照射された三戸は、かつてない程の集中力を発揮していた。
(リチャードの土の弾丸がスローに見えるとか、ヤバいな)
三戸は苦笑していた。例えるなら、アーチェリーの放たれた矢がスローに見える。そんな感覚だ。
初弾は頭部。両翼を失った黒翼の天使には、もはや自分を守る防御膜は存在せず、三戸が放った特製の弾丸は
続いてボルトを引いて二発目。クロスガードしている右肘を。更にボルトを引き三発目。同じように左膝を。
四発目。クロスガードで守り切れていない鳩尾へ。
ラスト、五発目。人間でいう臍の下の辺り、下腹部へ。
恐らく黒翼の天使は、リチャードの放った無数の土の弾丸の内の数発。そう認識している筈だ。現段階では。
三戸は自らが放った銃弾が、全て黒翼の天使の体内に埋め込まれた事を確認し、叫んだ。
「リチャーーード! サラディーーーン! 今だ!
ナイチンゲールの能力で精製した大量の硫酸。それをサラディンの能力により圧縮。そしてそれをリチャードの能力で作った銃弾の中に詰め込んだ。
アンジー、ジャンヌ、関羽、サラディンが空を飛び回り、黒翼の天使の翼を奪う。
リチャードが牽制の弾幕を張る。
ナイチンゲールは嘗てない集中力を与えてくれた。
三戸は、仲間達が作った好機を逃さず、完璧な狙撃を決めて見せた。
そして今、張り巡らせた伏線を全て回収する時。
「うむ! 承知!」
「うぃるこ、じゃったかの!?」
「二人が
リチャードとサラディンが作戦了承の返事を返すと、三戸もそれ以外のメンバーに指示を出した。
五発の銃弾の中に込められた硫酸は、それぞれ大型トラック一台分。つまり黒翼の天使の体内には大型トラック五台分の圧縮された硫酸がある。
先ずはリチャードが土の弾丸を融解させる。黒翼の天使の体内で、土の弾丸は形を失いただの土となった。
「よし、爺! 次は貴様の番だ!」
「おじいちゃんと呼ばんかたわけが!」
次いで、サラディンが硫酸を圧縮していた重力を解放する。瞬時に硫酸は数万倍、いや、数百万倍の体積に膨れ上がろうとし、黒翼の天使を内部から破ろうとする。
ボコボコと変形を始めた黒翼の天使の身体は、内部を溶かしながら膨張する硫酸を抑える事が出来ず、ついには破裂した。
頭部、両腕、胴体。硫酸と共に爆散した黒翼の天使の身体は、両足を僅かに残すのみ。しかし僅かに残った
「マスター! 瘴気の穴が!」
アンジーの呼ぶ声を受けて三戸が空を見上げると、渦巻いていた瘴気の穴がどんどん収縮していき、やがて完全に消失した。
「ふう……やっと終わったか」
そう呟く三戸の元に、
全員が疲労の中にもやりきった表情を浮かべている。
そんな中で、アンジーがおずおずと三戸の前に進み出た。
「……マスター。アンジー、頑張りましたっ!」
三戸を見上げる銀色の瞳。
「ああ、よくやったな、アンジー」
三戸もまた、アンジーから視線を逸らさずに、ゆっくりと右手を彼女の頭に乗せた。
――ぽふぽふ。
「うふふふ」
物凄く嬉しそうなアンジーを見て、ジハードがサラディンにおねだりを始めた。
「おじいちゃん。私もがんばった?」
「おう、よしよし。ジハードも頑張ったのう」
「えへへへ」
これをきっかけに、他の
青龍と関羽はグータッチ。関羽のやや照れたような表情を、青龍が柔らかい笑みを浮かべながら見守る。
エクスカリバーは、リチャードの前では珍しく褐色の美女姿だった。互いに背中合わせで身体を預け、座りながら何かを語り合っている。
「……羨ましいですね」
アンジーの頭をぽふぽふしていた三戸の側で、ナイチンゲールが思わず零してしまったその言葉。
「あっ……」
無意識だったのだろう。咄嗟に右手で口を覆うが、彼女の言葉はすでに全員の耳が拾ってしまった後だった。全員の視線がナイチンゲールに集まる。
「えっと、その……あう……」
自分だけが覚醒しておらず、検討を讃え合うべき相棒は、未だ聴診器と注射器が入っている木箱のまま。
「ナイチンゲール様!」
「はい?」
アンジーがトコトコとナイチンゲールに歩み寄る。
「ナイチンゲール様も頑張りましたっ! ぽふぽふ、です!」
自分が三戸にされたように、アンジーもナイチンゲールの頭に手を乗せた。更にはジハードも彼女に近付いていき、クリリとした瞳で見上げる。
「えっと……?」
「ナイチンゲール様。頭」
「あ、はい」
「ぽふぽふ」
ナイチンゲールがジハードの身長に合わせ、しゃがみ込んで頭を差し出すと、ジハードもニコニコしながらぽふぽふする。その光景にほっこりした一同は順番にナイチンゲールをぽふぽふしていった。
困ったような笑顔を浮かべていたナイチンゲールだが、最後三戸の言葉に癒される事になる。
「俺達はあなたがいるから無茶な戦い方が出来る。その結果、あなたも俺達を助けようと無茶をするだろう? それが覚醒への近道じゃないかな?」
とんでもない理屈だ。しかし、真顔でそう宣う三戸の言葉は不思議と説得力があった。
死線を潜り抜けた事によって覚醒した他の
それでも、無茶をする彼らを死なせまいとする自分の信念が自分を強くする糧となる。言い換えれば、彼らは自分を強くするために命を懸けている。
ナイチンゲールは自分で考えてもおかしな理屈だな、と苦笑してしまう。しかし、いつの間にか自分だけが未覚醒だという寂しさは消え去っており、絶対に彼らを死なせないという『闘志』のようなものが湧いてきた。
顔つきが変わったナイチンゲールを見て、三戸は彼女の頭から手を離す。
「さあ、そろそろ旅立ちの時間みたいだ」
瘴気の穴を消滅させた後のいつもの現象。初めて体験するナイチンゲールだけは少し驚いたように三戸の袖を掴むが、他のメンバーは慣れたものだ。
足下から光が広がり、やがて
果たして次なる戦場はどこだろうか。
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