第81話 化身

「何か、身体に変化はありませんか?」


 ナイチンゲールの第一声はそれだった。


「? ああ、大丈夫だ。むしろ怪我をする前より力が漲る感じだぞ?」


 三戸はそう答えた後で、ナイチンゲールの注射の光を浴びた志願兵達が、やたらとテンションが高かった事に思い至った。自分もヤバい薬を注入されたのではないかとちょっと心配になる。


「アンジーはどうですか?」


 アンジーは特にダメージを受けていない為、ナイチンゲールの『治療』は受けていないはずだが、なぜそのような質問をするのか三戸は疑問に思った。


「アンジーも実は絶好調なのです!」

「そうですか……やはり」


 アンジーの答えに、ナイチンゲールは何故か納得顔だ。


「質問の意図が分からないんだが……病み上がりの俺にならともかく、アンジーまでってのはな」


 それについて、ナイチンゲールが説明を始める。


「まだ推測の域を出ませんが……」


 そう前置きして語り始めた内容は、三戸、そしてアンジーを唸らせるものだった。

 

「お二人の場合、他の救世者メサイアとは根本的に違う部分が見つかりました」


 ナイチンゲール曰く、救世者メサイアが所持するは、未覚醒の段階においてはあくまでも武器や道具の姿である事。それを前提に考えれば、人型や兵器の姿に自在に変身するアンジーは、既に覚醒状態にあるはずである。

 だが、ナイチンゲールの『ドクター』の聴診器による解析によれば、まずアンジーが他の救世者メサイアの相棒と比べて明らかに異質であることが分かったという。


「他の相棒達――私の『ドクター』も含めてですが、生前に使用していたものに霊的な存在が憑依していて、それが超常的な力を発揮させている事が分かりました。ですがアンジーは……」


 ナイチンゲールは少し間を置いた。なにか、慎重に言葉選んでいるような、そんな印象を受ける。


「あの鉄の鳥の姿がアンジーの真の姿だと言いましたね? あなたの場合、何か霊的なものが鉄の鳥に憑依しているのではなく、鉄の鳥そのものがあなたなのです」

「ああ……なるほど」


 ナイチンゲールの説明に、三戸はどこか納得顔だった。しかし今度はナイチンゲールの方が分からない。


「なぜ、そんなにあっさり納得できるのですか? 何か心当たりでも?」


 三戸が思い至ったのは『付喪神』だ。百年経った物には精霊が宿るとか、百年生きた動物は妖怪になるとか、そういった伝承だ。それに乗っかれば、他の救世者メサイア達の愛用した武器や道具はとっくに百年の月日を超えたものだが、流石にファントムはそこまで古くはない。

 三戸はその事をナイチンゲールに話した。


「ツクモガミ、ですか。随分とオカルティックな話ですね」


 オカルティックというナイチンゲールの言葉に、三戸は笑ってしまった。確かにそうだ。そもそも自分達の存在自体がオカルティックじゃないかと。


「それともう一つ、化身ってのがある」

「ケシン?」


 化身とは本来、神々が人間や機器、動物などの姿を借りて、世界を救う為に降臨した姿の事だ。

 化身に対比する言葉として正体というのがあるが、それをアンジーに当てはめれば、人型のアンジーは化身でありその正体はファントムという戦闘機だ。そういう事になる。


「では、アンジーは神だと?」


 そこで三戸はアンジーにチラリと視線を送る。目が合ったアンジーの方は不思議そうな顔で小首をコテンと傾げていた。


「俺にとってのアンジーは神なんかじゃないよ。大切な相棒であり、戦友だ。だけど、並行世界こっち の人間にとってはまさしく世界の危機に現れた女神だろうなぁ」


(いや、その名前の通り、神から遣わされた天使ってのがしっくりくるか)


 ナイチンゲールにそう語りながら、三戸は内心そう思う。


「それからミト。あなたにはまだ使い切れていない力があるみたいですよ?」

「は!?」


 ナイチンゲールがそこまで言ったところで、休憩していたジャンヌ達が戻ってきた。それを見たナイチンゲールが続ける。


「このお話はまた後にしましょう。全員が揃ったところでアレを倒す作戦を練らねばならないでしょう」

「……そうだな」


 三戸はそれに頷き、黒翼の天使打倒の為の策を考え始めた。

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