第69話 危機一髪?

 地表を滑るように迫りくるもう一つの瘴気の穴。二つ同時に出現したことも脅威だが、それよりも事態を深刻にしているのは。


(このままヘキサゴンの真下まで来ちまったら……)


 三戸は脳内で最悪のケースを想定してしまった。難民も、自分達も、魔界へ通じていると思われる瘴気の穴へと飲み込まれてしまう。

 瘴気はそれだけで人体には有害だ。そしてそれは救世者メサイアも例外ではない。


「アンジー! 雑魚は後回しでいい! あの巣穴に全弾ぶち込め!」

「ウィルコ!」


 三戸の指示で、アンジーが装備しているミサイルと機関砲を次々と撃ち込んでいく。


「ダメです! 止まりません!」


 アンジーが悲痛な表情で絶え間なく撃ち込むも、瘴気の穴は止まる気配を見せず、どんどんヘキサゴンへ近付いてくる。


「儂が時間を稼ぐかのぅ……長くはもたぬじゃろうから、手早く片付けてもらえると助かるのう」


 ジャンヌは空中の敵へ、関羽は地上の敵への対処に追われている中、焦燥感に襲われる三戸を余所に、サラディンがいつものような飄々とした口調でそう言うと、その場にどかりと座り込みジハードの柄に手をかけ精神を集中し始めた。

 徐々にサラディンの額に汗が玉のように浮き始め、その表情は厳しくなっていく。これを見た三戸は既視感を覚えていた。


(そうか。リチャードと同じだ)


 先程リチャードが見せた決死の表情。自らが空っぽになるまで力を注ぎこみ、ヘキサゴンを移動させた時と同じだ。

 あの時のリチャードは自分が動けなくなるのを承知の上で、民を守る為に行動を起こした。その後始まるであろう戦いの中、無力に横たわるしかできない事を見越してだ。それは三戸達を信じていなければ出来る事ではない。

 そして今、サラディンも同じ覚悟を見せている。


(そんな覚悟見せられたら、なんとかしなくちゃいけねえよなぁ!)


 それぞれ民を率いて戦った二人の『王』の覚悟を見せられた三戸は、冷静になり頭の中がクリアになった。


「アンジー!」


 三戸はアンジーに指示を送る。まずは瘴気の穴を止めなければならない。それには中にいるボスを引き摺り出す事が必要だ。そしてボスを引き摺り出すには大火力での巣穴への攻撃。

 三戸の指示を受けたアンジーが、一瞬キラキラした視線を彼に返す。しかしすぐさま巣穴の直上に移動し、チヌークを三機出現させた。


「みんな! アンジーがアレを落としたら伏せろ!」


 三戸の叫びがヘキサゴンに響き渡る。またそれを確認したアンジーが、巣穴に落下を始めるチヌークに向けて狙いを定めた。

 そしてチヌーク三機が瘴気の穴に飲み込まれた直後、アンジーが装備している全て火器が火を噴いた。


 ――!!


 巨大な火柱と共に耳をつんざくような爆音が響き渡り、やや遅れて突風が吹き荒れる。瘴気の穴の中で途轍もない爆発が起こったのが原因だ。


「今のはあのへりこぷたーというやつが爆発したものか? なんという爆発力か……」


 あまりの凄まじさに、何事にも動じなそうな関羽ですら目を丸くして驚いている。しかし、そのヘリコプターが三機まとめて爆発したにしても、あまりに激しい爆発。


「いや、あれはチヌークの中にミサイルやら爆弾やら……まあ、誘爆を引き起こすものを満載してたんだ。街の一つや二つ、軽く吹っ飛ぶかもな」


 ふむふむと関羽が頷き、やや離れていた所で伏せていたジャンヌが引き攣った笑顔を浮かべていた。タイミング一つ間違えば巻き込まれていたかもしれないのだ。事実、防壁上で伏せていた自分達は無事だったが、多くの魔物が業火と爆風に巻き込まれて死傷している。


「マスター! ダメです! 止まりません!」


 しかしそこにアンジーの悲壮な声が響く。全員が防壁から下を見るが、移動速度こそ落ちているものの、瘴気の穴は引き続きヘキサゴンに向かって移動を続けていた。


「くっ! だめか!」


 誰しもが諦めかけた瞬間、大地の揺れが収まった。


「ふう、間に合ったわい」


 三戸達がその声に振り向くと、そこには安堵の表情を浮かべながら大の字になり、激しく息をしているサラディンの姿があった。

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