第56話 頑張ったアンジー
西の空を見上げながらアンジーと青龍の帰還を待つ三戸と関羽。その二人の視界の先に、飛行しながら接近する物体を捉える。
「む? 敵か?」
関羽は青龍が宿っていない状態の青龍偃月刀を構え、三戸は背負っていた89式小銃のスコープを覗き込んだ。
「はぁ!? おいおいおい!」
「どうしたのだ?」
スコープを覗き込んだ三戸の反応に、関羽が眉をしかめた。
「いや、アンジーだ。アンジーなんだが……」
そのアンジーは、なんとファントムの姿で飛行していた。酷く不安定な飛び方である。どこかに被弾したか。そんな予感が三戸の脳裏を駆け抜けた。それに青龍の姿も見えない。
「青龍の姿が見えぬようだが……」
不安定とはいえそれなりの速度で飛行しているファントムの機体は、すぐに関羽の肉眼ではっきりと確認できる距離にまで近付いてきた。
「アンジー! おい! アンジー!」
「青龍! どこにいるのだ青龍!」
三戸と関羽は必死に呼びかける。すると、青龍から反応があった。
『ああ、聞こえているぞ。聞こえているから話しかけるな! 気が散って……きゃああああ!』
そんな青龍の悲鳴と共に、ファントムはフラフラと降下していった。
「落ちたな……」
「ああ、落ちた……」
それを見ていた三戸と関羽は顔を見合わせる。そして我に返った。
「ナイチンゲーーーール! ナイチンゲールはいるかーーーー!?」
二人はナイチンゲールを探し求めてヘキサゴンの内部を駆け回る。そして体調を崩した人の問診をしていた彼女を見つけた。また、彼女も二人に気付くとチクリと釘を刺す。
「なんですか、病人がいるのですからお静かに!」
このあたりは厳しい婦長さんという反応だったが、三戸と関羽はそれどころではない。
「アンジーが落ちたんだ!」
「青龍が! アンジーの中で悲鳴を!」
二人とも取り乱していて話の内容が端的すぎる。
「落ち着いて下さい。何があったのです?」
「これが落ち着いていられるか!」
「うむ。すぐにそれがし達と一緒に来ていただこう!」
「え? え? 何を!? きゃあああ!」
三戸が猛ダッシュで外に停めてあるLAVに駆け込むと、関羽もナイチンゲールを小脇に抱え、三戸の後を追う。その姿は婦女子を拉致して誘拐する犯人さながらだ。
関羽が後部座席にナイチンゲールを詰め込み、自らも乗り込むと、すかざず三戸がギアを入れてアクセルを踏み込む。四輪駆動というシステムが余す事なくそのパワーを地面に伝え、LAVはファントムが落ちた方向へと猛スピードで進んでいった。
「アンジーが、アンジーが落ちた!」
「うむ! その中には青龍が!」
一向に落ち着きを取り戻さない二人に、ナイチンゲールはすでに聞く事を諦めている。しかし、その様子から尋常ではない事態になっている事は察せられるし、自分の力が必要な状況になっているのも分かる。つまり、かなりまずい事態だという事だ。
やがてLAVはアンジーの不時着現場に到着する。新たにアンジーが付与した
また、右に左に揺られる車の中で少々気分が悪くなったナイチンゲールだが、不時着しているファントムを見て目を見開いた。
「美しい……ですね」
鋭角的でありながら、どこか丸みを帯びた重厚なフォルム。シルバーグレーに塗装された機体。尾翼には【ANGIE 1】とペイントされている。夕日を反射して煌めく機体は、本当に美しかった。
一方三戸と関羽は機体によじ登り、キャノピーをガンガンと叩く。中では青龍がぐったりしていた。
「おい! 開けろ! おい!」
すると、ゆっくりとキャノピーが開き始め、関羽が青龍を抱きかかえて外に連れ出した。お姫様抱っこで機体から飛び降りると、ゆっくりと地面に横たえる。そこへすかさずナイチンゲールが駆け付け、ドクターの聴診器を翳した。
しかしそれを青龍が手で遮る。
「大丈夫だ。少し、刺激的すぎてな、アンジーの中は。雲長、少し休ませてもらうぞ? 何、決戦までには間に合わせよう」
そこまで言うと、青龍の姿がふっと消えた。逆に関羽の持つ青龍偃月刀に魂が宿った感覚が戻る。
関羽が明らかにホッとしている様子を見届けると、ナイチンゲールは三戸とファントムの元へと向かった。
「大丈夫か、アンジー」
コクピットに乗り込んだ三戸が、目の前のパネルに向かって声を掛けた。
「あ、マスター……ごめんなしゃい。頑張りすぎちゃって」
すると、以前のトンボ型魔物との戦いの際にもあった、立体映像的なモニターパネルが現れ、それに眠たげに目をトロンとさせたアンジーが映し出された。
そこで下から声が掛かる。
「かなり消耗していますね。人間的な表現をするなら『精神力』でしょうか」
コクピットから身を乗り出して下をみれば、ナイチンゲールがファントムの機体に向けて聴診器を当てていた。
それを聞いた三戸は、ふと思い至った。他の
それに比べてアンジーはどうだろう。常に人型で過ごしている。時折今のようなファントムになったり、ファントムを模した装甲を身に纏った戦闘モードに変わる事はあるが、基本的には人型だ。
だがしかし、アンジーにとって最も安らげる姿はこのファントムの状態なのではないだろうか? だからこそ、極限まで力を使ったアンジーは、この姿にならざるを得なかったのではないか。
「えへへへへ……でもこの姿ではマスターも私も取り扱いが大変でしゅし……それに、マスターに頭をなでなでしてもらえるのは、人型でにゃいと……」
モニターパネルの中のアンジーは、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「まて、アンジー! 済まないが一度人型になってくれ! ヘキサゴンに戻ったらゆっくり休んでいいから!」
「ふぁぁぁい……」
アンジーがなんとか返事をすると、ファントムの機体は消え去り、三戸は地面に着地した。その腕の中には、幸せそうに眠る銀色の少女の姿があった。
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