AD1899

第15話 聖地にて

 足元から広がった光に包まれた三戸達一行は、次なる時代の次なる場所へと舞台を移した。


「さて、神様は今度は誰と巡り合わせてくれるのかね」


 正直に言えば、三戸は少しだけ楽しくなってきていた。学校の授業のみならず、様々なメディアでその名前を目にする歴史上の人物。それが実際に目の前に存在している。四十代も半ばを越えた三戸だが、忘れかけていたジュヴェナイルが蘇ってくるようだ。外観年齢が若返っているせいも有るかもしれない。次は誰と出会えるのかワクワクしている自分に三戸は苦笑する。


「マスター、なんだか楽しそうですね?」

「まあ、な。次は誰と出会えるのか、楽しみじゃないか。ところでここは?」


 周囲には草原が広がり、街道が走っている。いや、草原という程緑は多くは無い。どちらかと言えば荒野だろうか。


「AD1189、エルサレム近郊ですね。元の世界では第三次十字軍遠征が行われていた頃です」

「クルセイダーですか……」


 ジャンヌは何か思うところがあるようだ。


「ああ、これは正直関わりたくないトコに来ちまったなぁ……」


 言ってみれば思想の違い、宗教の対立。キリスト教とイスラム教の聖地の奪い合い。長きに渡り多くの人が虐殺された。

 三戸個人の認識では、元々同じ唯一神を信仰していた筈だ。そこにいつしか人間の解釈が加わり別々の思想へと変わっていき、さらにその中でも様々な宗派が生まれ分裂していく。そして互いを認める事なく弾圧し合い、殺し合う。古来よりどれだけの人間が宗教弾圧で死んでいった事か。


「俺の認識では、イスラムは自分達の住んでいた場所を寄越せと喧嘩を売られて買っただけ、って感じなんだよな。しかもカトリックの中には聖地奪還の思惑とか関係なしに、他宗派弾圧に動いた輩もいるらしいし。まあ、戦争にどっちが悪いとか論じるのはナンセンスだってのは分かってるんだけどな」


 この三戸の認識は必ずしも正しいものではない。イスラム勢力とて侵略行為は行っている。十字軍の目的がエルサレム奪還よりも異教徒排斥に移って行った経緯から、三戸の十字軍遠征そのものに対する印象が良くないのだろう。


「私も魔女だ異端だと決めつけられて処刑されましたからね。ミトの言わんとしている事は分かります。自分の信仰しているものを正義とする為に悪を作り出し、自分を正当化する。そういう面もあったのは否定できないでしょう」


 三戸に同調するジャンヌ。それに彼女は十字軍遠征でどれだけ残虐な行為が行われていたか知っていた。


(全く……聖職者が戦争仕掛けるよう扇動? 神様が異教徒をぶっ殺せとでも言ったってのかね)


「ま、こっちで魔物を駆逐して魔界の穴を閉じれば、終わっちまった事はともかく未来の悲劇は止められるらしいからな。頑張りましょうや」


 やるせない気持ちを切り替えるように吐き出した三戸に、アンジーが声を掛ける。


「マスター。街道をご覧ください」


 三戸の視点から見て左右から一騎ずつ、騎馬がゆっくりと迫って来る。方や西洋風の豪華な甲冑に、如何にも高価そうなマントお羽織った偉丈夫。三十代後半程か。方や軽装でターバンを頭に巻いた、白髪交じりの髭を蓄えた褐色の肌の男。こちらは五十代程だろうか。


「今までのパターンとはまた違うな。もう少し近付いて様子を見るか」


 三戸達が近付いて行くが、馬上の二人は三戸達へ目もくれず剣を抜く。


「ヤーッ!!」

「ハッ!!」


 向かい合った二人は馬の腹を蹴り互いに向かって加速していく。


「ちょっと待ったぁーーーっ!」


 ――ダーーーーン!


 三戸が頭上に向け89式小銃を一発放ち注意を引く。


「ぬ!?」

「なんじゃ!?」


 銃声に驚いた双方の馬が棹立ちになり、どうやら一騎打ちは避けられたようだ。


「済まないな。一騎打ちの邪魔なんて無粋な真似はしたくなかったんだが、この辺りに人はいないし、漸く見つけた人間は殺し合いを始めちまう。ちょっと話を聞かせてもらいたいんだが、死なれたら困るもんでな。止めさせてもらった」


 馬上の二人は鋭い視線で三戸を見定めている。しかし互いに剣を収め、目力を抜いて三戸達の方へと馬を進めて来た。


「ふむ。貴公らの統一性のない出で立ち。アラブの者でも無さそうだが……そこの女騎士はヨーロッパの者か」


 下馬した西洋甲冑の偉丈夫が言う。関羽と並んでも遜色のない大男だ。腰に佩いた長剣がオーラを放っている。この男も自分達と同類だろう。三戸達は確信していた。


「そちらの大きな御仁は東洋の者か。そちらの騎士殿は十字軍の者と似ておるが?」


 何者か興味津々といった顔で話し掛けてきた褐色の男。こちらも只者ではない雰囲気だ。やはり腰の剣に目が行ってしまうのは、彼もまた武器を友とした同類なのだろう。


「俺はハナノスケ・ミト。こっちがアンジーだ。そうだな……あんた達より九百年程後の時代の人間だ」

「私はジャンヌ・ダルク。あなた方の三百年後の世界の人間です」

「それがしは関 雲長と申す。貴殿らの千年の昔を生きた者だ」


 アンジーは三戸の斜め後方で控えていた。


「ふふふ。やはり神に遣わされた者達であったか。余はイングランド国王、リチャード一世だ。獅子心王などと呼ばれておったがな」

「儂はサラーフッディーン。サラディンで良いぞ」


 第三次十字軍遠征における二人の英雄。リチャード一世とサラディンと言えば、互いを認めた好敵手たち。果たして彼等は三戸の味方となるか、敵となるか。

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